海峡を越えて

2019年12月20日

日韓が騒がしい。多種多様、多面的な要素が複雑に絡み合い、遂には担当者である政治家、官僚の域を超えて国民同士の反目にまで広がってしまった。

夏目漱石の「草枕」の冒頭にある言葉が思い浮かぶ。


「知に働けば角が立つ,情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ、とかく人の世は住みにくい」

理知的でいようとすると人間関係に角が立って生活が穏やかでなくなり、情を重んじれば、どこまでも感情にひきずられてしまう。という意味だ。今、まさにその様な状態にある。
繰り返してきた景色ではあるが、、、

私は日本人と韓国人を比較する時、良く用いる例として自分の専門である陶磁器を例に挙げる。
韓国には歴史的に「高麗青磁」と「朝鮮白磁」という二大陶磁器群が存在する。(勿論、その移行過程のなかで「粉青」や「三島手」といったものは存在する。)
申し上げたいのは、韓国においては王朝の交代と共に陶磁器の色までも変わってしまうという点である。そこには従来の価値観への強烈な「否定」があり、同時に新しい文化を「創造」しようとする意思がある。そして国家権力が民間生活へ強く介入する。中央集権国家ならではの事だろう。
「青」は仏教高麗の色と見做し、新朝鮮は儒教国家として「白」を基調とする、という事だろうか?
そこには高麗秘色と呼ばれたノウハウを惜しげもなく捨て去る、いわば文化の大断絶が行われるのだ。これらは恐らくは陶芸の世界に限ったことではないだろう。

では、日本はどうか、と振り返ると、日本には基本的に「否定」が無い。従って「創造」のパワーも少ないのだ。
あるのは、改良、改善という「保存」と「活用」の知恵である。手にした物を腐らせずに、長く大切に使う知恵だ。だから、世界の老舗の80%が日本に存在するし。その数なんと10万社とも言われる。
日本では親は出来るならば、子供に家業を引き継いで貰いたいと願い、子供もそれを漠然と思う。
逆に、韓国はそうではない。こんな苦労は子供にはさせたくない、という。
以前、韓国の大学生から、「15代は早稲田大学を卒業したのに、何故焼き物を焼いているのですか?」と尋ねられたことがある。
彼女には価値には相対と絶対の二つがある事が分からなかったのだろう。

いずれにせよ、指導者が変わる度に過去への否定が行われ、そして新しいシステムが導入される。それは当然、大混乱をきたすのであるが、見方を変えるならば一つのイノベーションとも言えよう。

日本人は太古より半島や大陸から順次移住した人々が祖先である事は間違いない。つまり日本人のルーツとは、「韓国から旅立った人々」であり、韓国人はそれを「見送った人々」なのである。
その同根の人々のメンタリティがこれ程異なるのは地理的要因による「風土」の違いだ。

東の最果ての島に暮らす日本人は古来より、中国や韓半島から様々なものを受容してきた。それは母なる中国から、韓半島という乳房を通して授乳してきた赤子のように。そして、その受容したものを大切に大切に守っていこうと努めた。
縄文から弥生、帰化人、渡来人の大量移住、金海伽耶國の滅亡と、日本への移住。飛鳥時代、百済の滅亡に伴う百済王族と民の移住、秀吉の朝鮮出兵による4万とも言われる職能人の連行、植民地時代の内鮮一体政策により日本に渡った多くの朝鮮人。それ以外の様々な事情による者もいる。

日本の文化の礎を作り上げたのは、これらの半島の人々と在地の日本人との融合の歴史である。そして、それは日本にとってそれは限られたイノベーションの機会となっていった。

その中で、そこに暮らす人々が、受け入れなければならなかった絶対的な運命がある。それは「天災」との共存である。
地震、それに伴う津波、台風、集中豪雨、火山噴火、等々。
これらは積み上げてきた人々の暮らしを一瞬にして破壊し、全てを奪う。
日本に暮らすという事は、天災と暮らすということだ。

数学者の寺田寅彦はその著書の中で、こう述べている。
「6世紀、朝鮮より仏教が伝えられた時、既に日本人の骨には天然の無常観が染み込んでいた」と。
では、天然の無常観とは何か?
先ず、この世の中に永遠なものは無いという事、次に、形あるものは必ず壊れる。そして、人は必ず死ぬ、という事である。
つまり日本人の感性は天災によって磨かれたのである。

この圧倒的な大自然の猛威と未来永劫共に暮らす事が、日本人のメンタリティのベースにある。
すなわち、「諦める」そして「立ち上がる」のだ。

では、韓国はどうだろう。
地震は滅多にない。当然津波の経験も無い。台風は殆どが日本へ逸れてくれる。火山も無い。
実に恵まれた大地だ。1日に2万人もの人が災害で命を落とすと聞いても恐らくピンとこないだろう。

では、逆に彼らを苦しめてきた圧倒的なパワーとは何か?

常に隣に存在し続けた大帝国であり、馬に跨り、風のように来襲する異民族であり、港を荒しまわる海賊であったり、横暴な権力者であり、それらと結託した富豪、地主、屈強な男、巧緻に長けた人達。
それらが災いなのだ。つまり人災である。

貧しかったから、女だったから、弱かったから、という理由では「諦めきれない」のだ。
それを「恨」と呼ぶのだろう。

すなわち日本人は「諦めなければならない地獄」に暮らし、韓国人は「諦め切れない地獄」に暮らしていると言えるかもしれない。

我が家は420年間、その狭間で生きてきた。
その中で「民族とは?」「日本人とは?」常に考えてきた。これは幼い頃からの私のテーマであった。
「日本人」という定義があるのか?国籍を取得し、名前を日本名に変えれば少なくとも紛れ込んで行ける。しかし、我が家のように姓を守ればいつまでも「朝鮮人」と呼ばれ続ける。
しかし、これは逆に韓国人にも言える。「君が韓国人だという証拠は?」と尋ねられて即答できる人は居ない。「1500年前から半島に暮らしていました。」と言える人はごく僅かだろう。

トルコのイスタンブールはその初期、ペルシャ帝国の都市であった。やがてマケドニアの若き英雄アレキサンダーによりギリシャ帝国の都市となる。その後、ローマにジュリアスシーザーが現れるとローマ帝国の都市となる。その後もセルジューク、オスマンと変わり、現在のトルコ共和国となる。
そこには金髪に青い目の人も居れば、褐色の肌に縮毛の人もいて、彼らは全て「トルコ人」と呼ばれている。
つまり「○○人」というのは「文化を共有する集団」を指すのであって、少なくとも「種族」ではない。「文化」というと、あたかも舞踊や工芸などを指すと思われがちだが、実は言語を始めとする生活様式をさすのである。それを共有することが民族であり、従って肌の色や目の色で区別することが出来ぬほど、既にハイブリッド化されているのだ。

だから私は声高に「民族」を叫び、連呼する事で、国民を興奮させようとする政治家を信用しない。

我々日韓の人々は互いの辛苦に想いを馳せ、互いの悲しみを知らなければならない。
それは「理解する為」ではなく、「許容する為」なのだ。
その上で美しい日本人の姿、美しい韓国人の姿を目指さなければならない。
真の愛国はそこからしか生まれないと信じている。
自民族優越主義など、世間知らずの田舎者の発想でしかない。

久しぶりに韓龍雲の「ニムの沈黙」を読んだ。
澄み切った感性の裏に深遠な悲しみがあり、僕にはそれが韓国の本当の姿と重なる。

ページの先頭へ