「灯台と船」

2019年4月11日

去る2月1日、鹿児島県歴史資料センター黎明館において、「薩長土肥 現代の陶芸」展が開催された。
これは、私が会長を務める鹿児島陶芸家協会が、佐賀県、山口県、高知県の陶芸家協会にご相談して実現した企画だ。
西日本において、有田焼を擁する佐賀県と萩焼擁する山口県は陶芸界の双璧ともいえる存在だ。その両産地と同じ舞台で戦うには鹿児島と高知の両県は力不足と言わねばならない。
ただ、鹿児島陶芸家協会会長の私としては、それこそが狙いである。強豪を迎えた緊張と恐怖こそが鹿児島を強くするからだ。
相談の為、現地を訪問して現実に当たって砕けろとばかり話してみると、意外にも「やりましょう!」と快諾。胸を貸してくれたのだ。そういう意味では実に有り難い事であった。

 
今回の企画は、明治維新150年、NHK「西郷どん」に沸いた鹿児島の地で当時の薩長土肥の草莽の志士達の活躍にちなんで、現代の陶芸という視点から、維新150年後の現代を照射してみようという意図である。

開催してみると、そこには、150年前の夫々の産地性といった様式はほとんどと言って良い程感じられない。
佐賀には鍋島様式という日本最初の色絵磁器があり、山口県にも茶道で一楽、二萩、三唐津と呼ばれた約束事の枇杷(びわ)色の萩焼がある。高知県には尾戸焼という土佐山内家のお庭焼があったし、薩摩も又然りである。
やはり、予想していた通り「過去を連想させない事が大切である」という現代の工芸界の主張そのものの展示会となった。

オブジェは勿論の事、作品を見て産地を当てることなど到底不可能な作品がズラリと並んだ。
各藩の指導や好みといった歴史の中で積み重ねられ、重層的に高められた過去の様式に沿うものではなく、現在は、あくまでも作者個人の感性の発露の場であるのだ。

僕はその事を悪く言うつもりは無い。何故ならばそれも時代を反映する一つの思考であるからだ。

しかし、元来、日本は封建制度の下、各大名により統治された小国の連合体(日本共和国)であった。夫々がその風土の下、言葉、食物、教育制度、特産品、軍制などを作る中で、所謂「お国柄」といった物が形成されていった。
先代広沢虎造の「石松三十石舟道中」などを聞くと実に多彩なお国自慢、名物自慢が見えてくる。
しかし、明治維新からの150年間というのは、中央集権制の下、全国を標準化、均一化する歳月であった。どこに居ても同じ教育を受け、同じ様な物を食べ、同じ言語を使い、同じ常識を共有できる社会を目指す事であった。
確か、僕が小学生の頃も方言の禁止がいわれ、先輩たちに聞くと地方によっては方言を使った子供は方言札なるカードを首から下げられたと言う。その結果、「お国訛り」「お国言葉」が消えた。

若い頃、父に「君は灯台であらねばならない」と言われた事がある。その意味するところは、「動いてはならない」と言う事である。
岬に立つ「灯台」は決して動かない。その上で四方に光を送るのだ。逆に自由に動き回る船は洋上にあり、灯台の灯りを道標とするのである。つまり「動かない物があるから動ける」のであり、「動くものは動かないものより動ける」のだ。
動かない物が伝統であり、自由な物が現代であるなら、両者は表裏一体の相対的且つ不可分なものであると言える。
例えば、伝統である不動の「灯台」がその灯りを消したとしたらどうなるだろう。その瞬間から、漆黒の闇の中で自由な筈の船達は、自らの位置を見失い一斉に動けなくなってしまうのだ。暗礁の場所がわからなくなるからだ。
つまり、世の中というものは、不自由な物と自由な物が共存しているという事なのだ。

この国はその現実に反して、不自由な様式を不必要なものとして消し去ろうとしてきた。
その上で、オリンピックや万博の舞台となると、慌てて我が国の伝統文化を世界に、と囃し出す。

 
物事には決して動かしてはならない物がある。それ故に動かせる物が見えるのだ。自然風土から生まれる土地柄や、環境、それらが積み重なって出来上がった生活の様式美であり、それを文化と呼ぶ。
それを残さなければならない物である筈だ。
佐賀の人は権威的で、山口の人は理屈屋だ。土佐の人は人の逆をやり、鹿児島の人は大雑把である。それらも風土や自然環境により形成されたものだ。その気質をベースにして、様々な土地の風景が作られてきた。

それらから、不自由・不必要な物として「様式」を消しさった時、これまでの歴史の中で重層的に積み上げられて来た思考は雲散霧消し、様式は単なる表面的な形としか呼ばれない。
その現実の中で、結婚式、お葬式や社会的な儀礼、伝統芸や伝統食、多くのものが消えつつある。

もしかすると、「維新」(これ、新た)という思想、経験が現代の社会を作っている基盤になっているのかもしれない。それは良くも悪くも、積み上げられてきた日本の文化の形骸化であろう。

だとすると、私達は歴史的外圧の中で、仕方なく、大きく道を誤ったのかも知れない。(外圧を与えた西欧は伝統と文化を非常に重んじている)

これから、私たちの国は何を伝統と呼び、何を文化と呼ぶのだろう。
灯台の灯りを消しておきながら、船達に、さぁ、自由に動きなさいと命じているのだ。

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