直心直伝『表』と『現』

2017年4月29日

陶家に生を受けた私にとり、薩摩焼を作り、それを販売する。それは極々当たり前のことだった。
       
形も絵柄もほぼ変わらない。十年一日の様なモノづくり。職人の機嫌をとる祖母、会計を預かり常に不安な母、早朝から仕事場に行く父、家を継ぐ事はそのような作業を継承する事なのだろうと漠然と思っていた。
それは、成人し、自分が我が家に入るまでそうであった様に思う。
家業を、継ぐに際しても、決して能動的ではなかった。歴代が踏襲してきた事実に背を向ける勇気が無かっただけのことなのだ。言われるがままの京都での修行を終え、我が家で仕事をしていたある日、母に何気なく言われた。
「私に毎朝トースト載せるお皿を作って」と。単純な依頼に「いいよ」私は軽く答えた。
      
しかし、いざ作る段階になると悩みや迷いが生じる。大切な母のための形は?デザインは?
様々なアイデアを紙に書き連ねていくうちに、ある驚愕の事実に気付いた。
『俺のアイデアは全てパクリだ』ということだ。何処かで見た様な過去の名品のある部分を盗用、ヒットしたデザインのいいとこ取り。自分の線、色が何も無い。
      
モノを作る家に生まれたが故か、モノを作ることが何か、それを販売する事の意味を思い詰めたことが無かった。付け焼き刃で何かを生み出そうとする中で、無意識のうちに手っ取り早くパクリに走っている自分に気付いた。様々な良さげなモノを取り合わせてユニットにして、さも自分のアイデアのように見せる。
      
何かモノを作るときの哲学や基準が欲しい。そうしないと、この家を背負えない。自分が、本当に工房のリーダーになった時、手すりの無い平原を何処に向かって進めば良いのか?その焦りは日々募っていった。やがて、逃げるようにイタリアへ。四百年の歴史が自分を縛っていると思い込もうとしていた。
しかしながら、場所を変えたとて、私自身が急変する訳もなく、デザインを描いては教授にコテンパンにやっつけられる日々だった。
「古い」「力がない」「研究してない」そんな言葉を聞きながら徐々にイタリアに来たことを後悔し始めていた。無為に一年が過ぎたある日、帰国への思いがピークに達した刹那、突如、物故の人間国宝、富本憲吉先生の言葉が頭をかすめた。
それは『模様から模様を作らず』という言葉である。
      
高名な陶芸家の言葉ゆえ、知ってはいたが、その意味を深く考えた事は無かった。しかし、その時は不思議な程、心に入って来た。まさしく『降りて来た』と言える。
既にある模様からは新しい模様は生まれない。何故なら、既にある模様には作者の意思が満ちている。従って、他者が意を用いず、単純、複雑にそれをいじり回したとしても、それは決して新しいモノでは無いという事だ。
世の中には、そうであるものと、そうで無いものが混在している。その中で、使い手は真に意思ある仕事を選ばねばならない。
      
『表現』という言葉がある。いずれも『あらわす』という点では同じであるが『現』は内面的な意思を取り出す事を意味し、『表』はそれらを、技術により他者に視覚化させる意味があると思う。
即ち、『表現』とは、内面の意思を明確にし、技によって人々に見せる行為を指すのである。
私がパクリに走ってしまったのは、意思は持たないが、修行による技術で視覚化させる力だけはあったからなのだろう。
そう考えると、モノを作る工程において最も肝要なものは『意思』であることが分かる。『意思』が無くてもモノは作れるが、そのモノは虚しいモノになる。
中国の論語の中にこんな言葉がある。
『学んで思わざれば 即ち暗く、思うて学ばざれば 即ち危うし』
亡き母がそこまでの、深い洞察を持って、私にトースト皿を命じたのかは定かでは無い。しかし、その依頼は後々に私に多くの事を教えた。
   
残念ながらその皿は母の存命中は完成しなかった。母の没後、その皿は登場する事になる。
店に何も言わずに並べられているが、私にとって格別な一枚である。

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