直心直伝

2010年1月11日

何年前の事だったろう。我家の倉庫の片隅に古ぼけたトランクを二つ見つけた。何気なく蓋を開けて見ると中には多くの和紙の冊。様々な壺や香爐の絵が走り書きで描かれ、その名称と個数が記されている。又、誰かに宛てて書いた手紙の下書きや職人の出欠簿の様なものまである。
 先祖の墓参りもろくにしない僕だが、ふと、この大量の文書を洗い、裏打ちする事が先祖の供養になるのかな・・・などと考えたのは不思議だった。古紙は互いにへばりついていて、しかも虫喰いだらけだ。持ち上げると本の虫が喰ったのだろう、砂の様なものがサラサラとこぼれてきて、全身痒くなってくる。こりゃ、下手に破きでもしたら何にもならないと思い表具師の松下さんに連絡した。彼は父の代からの付き合いだ。

 最初、百枚程が出来上がり、自分なりに所々読める箇所を拾ってみると、これがなかなか面白い。僕の知らなかった我家の歴史が満載のようだ。
土の調達の事、値上がりして困っている事、職人が仕事を熱心にやらなくなったのは当主とのトラブルであるとか、職人が無尽講を優先する為に、前借りの多さに困っている様子も見て取れる。あるいは、思う様に焼物が売れないとか、クレームの手紙もたくさんあった。偉大な十二代 沈 壽官もやはり人の子、僕と同じ様な事で悩んでいたことがわかってきたら、嬉しくなってきた。

古文書の面白さに触れたのは初めてだった。しかも、他ならぬ自分の家業の記録である。後世の人に読ませる為に記された「英雄伝的なものは、とにかく誇張され、美化され、時として嘘まで含まれている事が多い。しかし、この類の資料は日常の仕事の記録にすぎず、まさか百二十年後の子孫が洗って読むなどという事は想像もしていなかったであろう代物。更に近現代の資料である事から、今の我々が時代を連想する事もなんとか可能である。それでも目から鱗が落ちる様な事例を多く見出すことが出来た。
これらの一連の資料から透けて見えるのは、当時の人々が混沌の中から、これしかないという仕事の型を取り出していこうとする姿に、剣士が狙いを定めて一刀を握り下ろす様な、あるいは仏師が丸太から精巧な仏像を抉り出す様な慎重さと狙い澄ました姿を感じる。

永きに渡って藩営の窯を支えてきた者達が、主家に頼らず、自分達の足で立脚しなければならない未曾有の混乱期を、初体験の自己経営という形で乗り越えようとする迫力と、同時に一度船から荒れる時代の海に投げ出されたら最後、二度と生還できないという覚悟が読み取れる。

我家の洗い張りが済んだ古文書の数は総ページで六千ページを超えるという量である。しかし、未だ洗い張りの完了していないものもある。更に、この後、大正から昭和にかけての資料の山が控えている。
先日、完成した沈壽官窯の商品カタログでも述べた言葉—漠然とした未知なる『未来』に挑む事は、通り過ぎた未知なる『過去』へ挑む事と同じである—も、この様な私の経験の一つから出ている。
これらの文書類が私に与えてくれる情報はあまり深く多岐に渡っている。そして、私は自らの職業に関る全ての事を知らなければならないし、それらの事を知る事の果てしなさは今でも想像出来る。しかし、知る事で自分達の今後に明確な指針を与えてくれることは間違いない。

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