仕組み

2021年3月24日

 先日(令和3年1月14日)、霞が関の文化庁長官室で「文化庁長官感謝状」を拝受した。
 初めて訪れる霞が関官庁街に田舎者は大いに道に迷い、ようやくギリギリに文化庁に辿り着いた。

 感謝状の内容は「陶芸を通した国際交流に於いて我が国の文化を世界に広めた」という内容の宮田文化庁長官からの感謝状だった。私以外には、歌手の安田祥子さん(由紀さおりさんの姉)、日本画の藤森先生、彫刻家の一色先生だった。
 文化庁長官室に入り感謝状を受け取った後、宮田文化庁長官の制作によるドラを打ち鳴らす。宮田文化庁長官は金属工芸家である。これは、どの方にもやってもらう儀式だそうだ。(さすが民間人だ、、)

 僕は、これまで日展や日本工芸会という既存の組織に属さず活動してきた。
 その理由は、父十四代が業界団体のピラミッドの中で生きる事を拒否していたからだ。
 「第三者が評価するなら、いざ知らず。同業者が評価すると、そこには必ず様々な人間関係や情実が生まれる。更にその中で組織遊泳術に巧みな者や声の大きい者がピラミッドの上部を支配して行く。」という理由だった。
 必ずしもそれだけであったかは知る由も無いが、日本工芸会に所属していないと、無形文化財(人間国宝)にはなれないし、同様に日展に所属していないと芸術院会員にはなれない事は業界の暗黙の了解になっている。

 だから、知り合いに「沈さんはいつ人間国宝になるの?」と無邪気に聞かれるが「一生なれません!でも、天然記念物にはなれるかもよ!」と、ギャグで応えている。

 そんな父の元で育った私は、父ほどの感情は無かったが、何となく父の言い分も理解はできたし、その父の下で私がいずれかの団体に所属する事ははばかられた。従って、色々な巨匠の先生方からお声がけ頂いたが、結果的に何処の組織にも依らずにこれまでやってきた。
 (因みに私が会長を務めている鹿児島陶芸家協会は任意団体であり、県や国から定期的に経済的な支援を受けているわけでは無い。)

 以前、イスタンブールのトプカピ宮殿美術館アジア部の学芸員が薩摩焼の調査に来た時、その話になり「僕はフリーなのですよ」と話したら「いえ、貴方はインディペンデント(独立)です!」と言われたことがある。何故か父を褒めてもらった様で嬉しかった記憶がある。

 父が晩年、国から「旭日小受章」を頂いた時、当時の県知事だった伊藤祐一郎氏から言われた言葉がある。
 「今回の受章は絶対的な価値観によるものです。本来賞勲と言うのは国の体制に尽くした人に贈られるものです。つまり官吏や教員、業界団体から推薦された方に与えられる相対的なものなのです。
 お父上の今回の受章はそれとは異なる絶対的な価値観の中での受章ですから、価値あるものなのです」と言われた。
 有難い言葉だった。

 今回の宮田文化庁長官からの感謝状の拝受に対して、私の母校早稲田大学の後輩達は「これまで独立の道を歩いて来た十五代がついに官の軍門に下ったか。」と冷やかされた。
 しかし、僕は「賞金も勲章も無い、ただ、紙だけだよ。同じ賞なら「菊花賞」とか「皐月賞」の方が賞金はあるね。」と笑う。

 世の中には「仕組み」というものがある。
 出来た当初、それぞれの組織は高い理想を叶える為に結成された組織であったはずだが、長い時間の経過の中で前例、慣習というものに少しずつ支配されていく。
 やがて、そうなってしまった仕組みは時を経て益々、堅牢になって行く。
 そうなると、簡単に解体なぞ到底出来ない鉄の組織になるのだ。

 その中で今回、宮田文化庁長官から頂いた感謝状は在野に住む者からも選ぶ事はあります、という「仕組み」に対しての国からの一石ではなかったかと、ふと思った。

 感謝状は未だ輪ゴムで巻かれたまま、僕の本棚に置かれたままである。
 驕る事なく、前を向いてやるべき事をゆっくりと進めて行きたい。

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