「風樹の歎」

2020年3月28日

 韓国の友人の父親が、僕に言った。
 「母親を失うと胸に大きな穴が空く。父親を失うと首から上が飛ばされた様だ」と。

 時々、韓国の人の言葉に驚かされる。感情の置き所が違うのか、ハッとさせられるのだ。

 その方から「風樹の歎」という言葉を頂いた。
 その意味は、
「父母が亡くなり孝行しようとしてもできない嘆きのこと。
「風樹」は風に揺れる木のこと。風で揺れている木は、木自身が制止したいと思っても風が止まなければ制止できず、思い通りにいかない」

という事である。

 失って初めて分かる。

 存在していた時は、とても重荷で圧力以外の存在でしかなかった事も多かった。同じ道を歩く父と子の相克は世界中同じだ。しかし、やはり失ってみると様々な事に気づかされるものだ。
 不条理だと思った様々な事は、私を強く逞しくする為の父親としての教えだったのかも知れない。
「野球なら、一塁ベースに足を置いておけばセーフだろう。しかし、人生は両足でベースの上に立って居てもアウトになる事がある」
 父はそう言っていた。

 引退して二十年、居てくれただけで、大きな風除けになって居てくれたことに気づく。

 世に生きる人々が等しく思う事なのだろう。今更ながら、私もそう思える様になった。

 父が姉の夢に出て来てくれたらしい。背筋をピンと伸ばし、白いあご髭を短く刈り込み、溌剌とした姿だったそうだ。
駆け寄る姉に「司馬先生と毎日会っている。楽しいぞ!」と弾ける様な笑顔で話したそうだ。
 父の死から、沈み込んでいた姉は救われた思いで目覚めた、と話してくれた。
気持ちが楽になって、姉は64歳でピアスを開ける事にした、と笑顔で話した。
 勿論、私は大賛成だ。

 その後、父は私の長男の夢にも出て来たそうだ。あご髭は黒くなり、やはり短くセットされていたらしい。あご髭の黒い父の姿は見た事がない筈の息子だが「すごく元気だったよ。沢山話を聞いたけれど、何も覚えていない。ただ、ずっと聞いていたのだけど、話があまりに長いので寝坊して仕事に遅刻してしまった」と訳の分からぬ言い訳をしていたが、どうやら、父はどんどん若返っている様だ。

 まだ、私の夢には出て来てはくれない。

 しかし、父が旅立った事で私にも新しい意欲が湧いてきた。
今年は窯元に「絵付けの体験場」と「小さなカフェ」を作る予定だ。

 父が以前言っていた言葉の中に、「この村にくる人々は、何か近くに大きな滝があったり、古い名刹があるからではない。この沈壽官の窯を見るために遥々来て頂いているのだ。出来上がった焼き物を並べて販売するだけでは不十分である。」
そう言って、工房見学や収蔵庫を建設した。お茶室も然りだろう。
 そこに絵付け体験とカフェが加わることにより、「工房の窓から焼き物作りを見る」「収蔵庫で焼き物を学ぶ」「絵付け体験で焼き物を作る」「カフェで焼き物を使う」そして最後に「焼き物を買う」(ここが、一番自信がないが・・・。)
 この5つのメニューで、お客様をお迎えしたいと考えている。

 世の中はコロナ肺炎で漠然とした不安に覆われておる。こんな時に始めるのか?よく考えろ。とも言われる。

 しかし、この社会が凍りついている時にこそ、作り上げたいと考えている。
 遠路遥々、この地においで頂いたお客様に、旅の思い出を贈りたい。
 今年の10月にはオープンの予定です。

 頑張ります。

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