教えられた事

2019年10月24日

今回の清風に父のことは書くまい、と思っていた。
何故なら、その存在があまりに大きく輪郭すら掴めていない事に気付いたからだ。

ただ、書かない訳にはいかない。すると、私が今年の1月に体調を崩して入院した際に、「教わった事」として思い出した言葉を箇条書きにしていたものが手元にあるのを思い出した。

父の死を予見していたわけでは無いが、何故か書き留めていた。

ここにそれを並べてみたい。

1. 「回る轆轤の動かぬ芯になれ」

これは現象に振り回されるな、という事だ。私が東京の高校に進学するために鹿児島を発つ朝、そう言われた。

2. 「一人前とは、一人でいても寂しがらない事」

この言葉は私が大学生の頃、父に「一人前の男とは何ですか?」と問うた時に「家族を養うだけでは充分ではない」と言った言葉の後で出た言葉だ。
「どんな状況でも信念を貫きなさい」という意味だ。

3.「人は悲しみの器」

「人は悲しみの器だ。少し傾けただけで涙が溢れるのだ」これは僕が「朝鮮人!」と呼ばれた時に父が言った言葉だ。確か中学生の頃。

4.「背伸びをしてはいけません。足元を見つめ、やれる事をどれだけ出来ているか、それだけを思いなさい」

これは父ではなく司馬遼太郎先生に言われた。イタリアに留学する前にご挨拶に伺い、得意になって将来の夢を語る僕に先生がおっしゃって下さいました。

5.「動物の生き方、植物の生き方」

父は私が小学生の頃に桜島に連れて行ってくれた。
その時、溶岩の上に生える松の木を指差して言ったのです。「人には喉が乾くからと水辺に向かう生き方と、この松のように雨が降る事をひたすら願う生き方がある。君は後者だ」と。

6.「自らを一個の人類に仕立て上げよ」

これも司馬遼太郎先生の言葉です。韓国で「日本での四百年の垢を洗い流しなさい」と言われて大学を飛び出した僕に先生が贈ってくれた言葉です。国籍、肩書き、学歴に依らず、一人の人間として生きなさい、と言う言葉です。

7.「若輩者ですが、とは決して言うな」

僕がまだ、20代の頃、何かの機会にスピーチを頼まれた時、父に相談したところ「君が相応しいと思われて指名されたのだから、若輩者ですがなどとは決して言うな。堂々としていなさい」と言われました。

8.「話す時、机に手をつくな」

その際、前のテーブルに決して手をついて話してはいけないと。
非常に不遜に見えるという事でした。

9.「殴られても目は閉じるな」

中学生の頃、叩かれて帰ってきた僕に喧嘩のやり方を教えてやると言って言われた言葉だ。
これは難しい。父が言うには、目をつぶらなければ、お前のゲンコツは必ず相手の顔に当たるのだと。

10.「両足でベースに立っていてもアウトになる」

これは「朝鮮人」と言われて、沈んでいた時に言われた言葉です。
人生にはルールがあるようで無い時もある。そんなものだと知りなさいと。

何故か書き留めておいた言葉だ。

まだ、多くの事を教わりました。
又、思い出したらお話しします。

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