<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>
<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns="http://purl.org/rss/1.0/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/" xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/" xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/">
<channel rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/">
<title>CHIN-JUKAN TOTAL FEED</title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/</link>
<dc:date>2011-07-16T17:51:58+09:00</dc:date>
<dc:language>ja</dc:language>
<description>CHIN-JUKAN TOTAL FEED</description>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="http://www.chin-jukan.co.jp/mindToMind/9" />
<rdf:li rdf:resource="http://www.chin-jukan.co.jp/exhibition/17" />
<rdf:li rdf:resource="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/276" />
<rdf:li rdf:resource="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/274" />
<rdf:li rdf:resource="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/273" />
<rdf:li rdf:resource="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/272" />
<rdf:li rdf:resource="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/271" />
<rdf:li rdf:resource="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/270" />
<rdf:li rdf:resource="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/269" />
<rdf:li rdf:resource="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/268" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/mindToMind/9">
<title>直心直伝『薩長展』</title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/mindToMind/9</link>
<content:encoded>&lt;p&gt;本年、四月二十日、県立歴史資料センター黎明館に於いて、『現代陶芸薩長展ｉｎ鹿児島』が二週間の会期で開催された。この催しは鹿児島陶芸家協会、萩陶芸家協会両者の主催で開催されたものである。&lt;br /&gt;
伊藤鹿児島県知事、森鹿児島市長、野村萩市長ら多くの関係者が居並ぶ中、開会式は行われた。期間中の来場者は三千人弱にのぼり、予想を超える多数の方々の来訪を頂いた。&lt;br /&gt;
「薩長」という言葉の響きに胸騒ぎを感じたのであろうか。いずれにせよ、展示会は大成功だった。&lt;br /&gt;
萩焼は慶長九年(一六〇四)に藩主毛利輝元の命により、朝鮮人陶工、李勺光(山村家)、李敬(坂家)の兄弟が城下で御用窯を築いたのが始まりとされる。当初は高麗茶碗をつくり手法も形状もそのものであった。所謂「古萩」と呼ばれる時代である。その後、枝分かれし、様々な作品を生み出していくのであるが、茶道の世界では『一楽二萩三唐津』と言われる程、茶人好みの器を作り続けてきた産地である。&lt;br /&gt;
一方、薩摩焼もその創生期に於いて全国共通の評価基準を持つ茶道具の製作を行ってはいるが、萩焼の様に茶道具を全生産品の中心に置いていた訳ではない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;萩焼と薩摩焼、その二つの出身は同じく朝鮮半島である。&lt;br /&gt;
それぞれ、毛利家・島津家という異なった領主の支配下に入った同じ技術(朝鮮白磁)を持った朝鮮陶工達は異なった政治体制、経済環境、社会、風土の中でその土地ならではの焼物、即ち「国焼」を創始していった。&lt;br /&gt;
出身を同じとする萩焼と薩摩焼、その二つは兄弟と呼んで差し支えないどうしでありながら、四百年の歳月の中でお互いの姿を大きく違えていった。そしてこの事は、九州各地に点在する焼物にも同様の事が言える。何故なら、それらは全て朝鮮半島にルーツを持ち、そして各領主の下で独自の変遷を遂げたものであるからである。&lt;br /&gt;
実は、この様な現象は実は大変珍しい事であるのだ。何故なら、これ程多様な焼物が同じ時期に、しかも決して広くはない土地に同時期に、存在している例は他の国には無いのである。多くの国の場合、時代や王朝の変化による焼物の変遷はある。例えば高麗を代表する焼物が青磁であり、李朝が代表する焼物が白磁である様に。&lt;br /&gt;
九州・山口で発生したこの様な現象は、各地に於いて独立した自治を持つ領主が存在した事に由来する。つまり、豊臣秀吉の命令により、朝鮮半島へ攻め込んだ西国大名は、それぞれ多くの陶工達を連れ帰り、そして、各々が自らの領地でそれらを保護し、内政に活用した事により一時に流入した、同時にそれぞれの地域に根付いた事によるのである。その結果、世界的にも非常に珍しい光景を創り出したのである。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;後年、幕末に於いて萩焼を創始した長州藩と薩摩焼を創始した薩摩藩は、日本の近代化に於いても、実に大きな働きを見せた二大雄藩となる。&lt;br /&gt;
日本の近代化は幕末期の薩摩藩主島津斉彬の集成館事業にその端を発する。西欧の脅威に晒される中、諸外国と対等に交易の出来る強く豊かな国をつくるという思想の下、あらゆる産業に挑戦していったのが、集成館事業である。そして、その思想はやがて九州・山口へと広がっていったのである。その近代化の発展形態は世界史的に見ても特異なもので、在地の技術を応用する事で、西洋の先端技術を吸収していくという自国民主導の近代化であった点である。そして、それらは九州・山口から始まったと言っても過言では無いのである。&lt;br /&gt;
そのエネルギーの背景にあるのは九州・山口が古くから東アジアや西洋諸国各地との文物・文明の活発な交流を繰り返してきたという点にある。&lt;br /&gt;
韓国に於いてはもともと同じであったものが、日本に土着した事でいくつかに枝分かれし、そして近代化という封建制度の崩壊と供にそれまで身に付けた地域性といったものを徐々に脱ぎ捨てていく。&lt;br /&gt;
そして今や、両者は、創作陶芸の分野に於いては、産地というものを微塵も感じさせない様になっている。&lt;br /&gt;
その事がどうゆう事か、伝統とは何か、創り出すとは何か、もう一度自らに問い掛ける重要な展示会となった。&lt;/p&gt;
</content:encoded>
<dc:creator>admin</dc:creator>
<dc:date>2011-07-16T08:40:57+00:00</dc:date>
<dc:subject>未分類</dc:subject>
<slash:comments>0</slash:comments>
<wfw:commentRss>http://www.chin-jukan.co.jp/mindToMind/9/feed</wfw:commentRss>
<description>本年、四月二十日、県立歴史資料センター黎明館に於いて、『現代陶芸薩長展ｉｎ鹿児島』が二週間の会期で開催された。この催しは鹿児島陶芸家協会、萩陶芸家協会両者の主催で開催されたものである。
伊藤鹿児島県知事、森鹿児島市長、野村萩市長ら多くの関係者が居並ぶ中、開会式は行われた。期間中の来場者は三千人弱にのぼり、予想を超える多数の方々の来訪を頂いた。
「薩長」という言葉の響きに胸騒ぎを感じたのであろうか。いずれにせよ、展示会は大成功だった。
萩焼は慶長九年(一六〇四)に藩主毛利輝元の命により、朝鮮人陶工、李勺光(山村家)、李敬(坂家)の兄弟が城下で御用窯を築いたのが始まりとされる。当初は高麗茶碗をつくり手法も形状もそのものであった。所謂「古萩」と呼ばれる時代である。その後、枝分かれし、様々な作品を生み出していくのであるが、茶道の世界では『一楽二萩三唐津』と言われる程、茶人好みの器を作り続けてきた産地である。
一方、薩摩焼もその創生期に於いて全国共通の評価基準を持つ茶道具の製作を行ってはいるが、萩焼の様に茶道具を全生産品の中心に置いていた訳ではない。
萩焼と薩摩焼、その二つの出身は同じく朝鮮半島である。
それぞれ、毛利家・島津家という異なった領主の支配下に入った同じ技術(朝鮮白磁)を持った朝鮮陶工達は異なった政治体制、経済環境、社会、風土の中でその土地ならではの焼物、即ち「国焼」を創始していった。
出身を同じとする萩焼と薩摩焼、その二つは兄弟と呼んで差し支えないどうしでありながら、四百年の歳月の中でお互いの姿を大きく違えていった。そしてこの事は、九州各地に点在する焼物にも同様の事が言える。何故なら、それらは全て朝鮮半島にルーツを持ち、そして各領主の下で独自の変遷を遂げたものであるからである。
実は、この様な現象は実は大変珍しい事であるのだ。何故なら、これ程多様な焼物が同じ時期に、しかも決して広くはない土地に同時期に、存在している例は他の国には無いのである。多くの国の場合、時代や王朝の変化による焼物の変遷はある。例えば高麗を代表する焼物が青磁であり、李朝が代表する焼物が白磁である様に。
九州・山口で発生したこの様な現象は、各地に於いて独立した自治を持つ領主が存在した事に由来する。つまり、豊臣秀吉の命令により、朝鮮半島へ攻め込んだ西国大名は、それぞれ多くの陶工達を連れ帰り、そして、各々が自らの領地でそれらを保護し、内政に活用した事により一時に流入した、同時にそれぞれの地域に根付いた事によるのである。その結果、世界的にも非常に珍しい光景を創り出したのである。
後年、幕末に於いて萩焼を創始した長州藩と薩摩焼を創始した薩摩藩は、日本の近代化に於いても、実に大きな働きを見せた二大雄藩となる。
日本の近代化は幕末期の薩摩藩主島津斉彬の集成館事業にその端を発する。西欧の脅威に晒される中、諸外国と対等に交易の出来る強く豊かな国をつくるという思想の下、あらゆる産業に挑戦していったのが、集成館事業である。そして、その思想はやがて九州・山口へと広がっていったのである。その近代化の発展形態は世界史的に見ても特異なもので、在地の技術を応用する事で、西洋の先端技術を吸収していくという自国民主導の近代化であった点である。そして、それらは九州・山口から始まったと言っても過言では無いのである。
そのエネルギーの背景にあるのは九州・山口が古くから東アジアや西洋諸国各地との文物・文明の活発な交流を繰り返してきたという点にある。
韓国に於いてはもともと同じであったものが、日本に土着した事でいくつかに枝分かれし、そして近代化という封建制度の崩壊と供にそれまで身に付けた地域性といったものを徐々に脱ぎ捨てていく。
そして今や、両者は、創作陶芸の分野に於いては、産地というものを微塵も感じさせない様になっている。
その事がどうゆう事か、伝統とは何か、創り出すとは何か、もう一度自らに問い掛ける重要な展示会となった。
</description>
</item>
<item rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/exhibition/17">
<title>「十五代 沈 壽官展」のご案内</title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/exhibition/17</link>
<content:encoded>&lt;p&gt;富山県氷見市にて「十五代　沈　壽官展」を開催致します。&lt;br /&gt;
平成23年10月20日(木)～25日(火)&lt;br /&gt;
会場　ギャラリーつばさ特設会場&lt;br /&gt;
是非、お越し下さいませ。&lt;/p&gt;
</content:encoded>
<dc:creator>admin</dc:creator>
<dc:date>2011-06-28T13:37:11+00:00</dc:date>
<dc:subject>展示会情報</dc:subject>
<slash:comments>0</slash:comments>
<wfw:commentRss>http://www.chin-jukan.co.jp/exhibition/17/feed</wfw:commentRss>
<description>富山県氷見市にて「十五代　沈　壽官展」を開催致します。
平成23年10月20日(木)～25日(火)
会場　ギャラリーつばさ特設会場
是非、お越し下さいませ。
</description>
</item>
<item rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/276">
<title></title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/276</link>
<content:encoded>&lt;p&gt;つよく いきて いかねば。&lt;/p&gt;
</content:encoded>
<dc:creator>mobileadmin</dc:creator>
<dc:date>2011-03-14T12:12:07+00:00</dc:date>
<dc:subject>15代日記</dc:subject>
<slash:comments>0</slash:comments>
<wfw:commentRss>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/276/feed</wfw:commentRss>
<description>つよく いきて いかねば。
</description>
</item>
<item rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/274">
<title>『歴代沈壽官展』IN 福岡</title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/274</link>
<content:encoded>&lt;div class=&quot;photo&quot;&gt;&lt;a href=&apos;http://www.chin-jukan.co.jp/blog/wp-content/uploads/2011/02/201102091006000.jpg&apos; title=&apos;201102091006000&apos;&gt;&lt;img width=&quot;168&quot; height=&quot;300&quot; src=&quot;http://www.chin-jukan.co.jp/blog/wp-content/uploads/2011/02/201102091006000-168x300.jpg&quot; class=&quot;attachment-medium&quot; alt=&quot;201102091006000.jpg&quot; title=&quot;201102091006000&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
&lt;p&gt;博多天神の三越百貨店九階で『歴代沈壽官展』が始まった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  会場は日本橋本店のそれより広く、天井も高い。&lt;br /&gt;
  多分、大恐竜展でも出来るぐらいだ。&lt;br /&gt;
  従って照明も4,5ートルという、かなりの高さからのシュートになる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  初代から現在までの時間の流れを、『物』で見せる展示会場とは、考えてみたら極めて非日常の異常空間だ。&lt;br /&gt;
  そこは四百年が凝縮された濃厚な空間た、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  もとよりタイムスリップなぞ出来るわけがないのに、このスペースではそれが出来る。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  それは一つの土地、一軒の家、一つの家系、一つの業種に絞って展示しているからだ。&lt;br /&gt;
  つまり、見る側は対象物の種類の変化に合わすのでなく、そのまま時の流れに身を委ねれば良いからだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  展示物達は互いに共鳴しあう。&lt;br /&gt;
  それはあたかも盆に親戚中が本家に集まり、老人達が昔話に花を咲かせ、久しぶりに会った従兄弟達はゲームに興じる様だ。&lt;br /&gt;
  或いは、遠く離ればなれになった者同士が百年を超える時の果ての邂逅の喜びに身体を震わせ、涙するかの様でもある。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  その姿無き共鳴の波動が見る人に伝わる時、会場と見る人に不思議な一体感が生まれる。&lt;br /&gt;
  その瞬間、全くの非日常の異空間に飛び込む、いわゆるトリップするのだろう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  僕自身が直接の関係者だからかも知れないが、真夜中、この会場を訪れる事が出来たら、彼らの騒々しい程の喧騒に驚かされるに違いない。&lt;/p&gt;
&lt;div class=&quot;photo-end&quot;&gt; &lt;/div&gt;
</content:encoded>
<dc:creator>mobileadmin</dc:creator>
<dc:date>2011-02-09T05:03:20+00:00</dc:date>
<dc:subject>15代日記</dc:subject>
<slash:comments>0</slash:comments>
<wfw:commentRss>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/274/feed</wfw:commentRss>
<description>
博多天神の三越百貨店九階で『歴代沈壽官展』が始まった。
  会場は日本橋本店のそれより広く、天井も高い。
  多分、大恐竜展でも出来るぐらいだ。
  従って照明も4,5ートルという、かなりの高さからのシュートになる。
 [...]</description>
</item>
<item rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/273">
<title>梅一輪</title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/273</link>
<content:encoded>&lt;p&gt;明日は我が家恒例の茶会『光風の茶会』が開かれる。&lt;br /&gt;
  沈壽官窯の友の会（年会費3000円也）の方々を対象に開かれる。&lt;br /&gt;
  母の生前は『梅見の茶会』と称していたが梅の開花のタイミングが難しく、一時は『青葉の茶会』として五月に開催していた事もあった。&lt;br /&gt;
  母が亡くなって中断していた茶会だったが、十年前に復活させた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  早い年は元旦の朝に梅の花が咲いていた時もあったが、今年は寒さが尋常でなく未だに梅一輪のみである。&lt;br /&gt;
  明日のお客様は約100名、お手伝いの方々が15名、会社のスタッフが30名、計145名の期待を背負って立つのが、この一輪の紅梅である。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  晴れがましいと言えばそうだし、負担が重すぎてかわいそうだと言えばそうだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  親友の哲っちゃんは花には咲く間合いと散る気合いがあるのだと言っていたが、そうするとこの一輪の紅梅はまさに救世主だ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  明日はこの気合いの入った一輪の紅梅が主役だ。&lt;/p&gt;
</content:encoded>
<dc:creator>mobileadmin</dc:creator>
<dc:date>2011-02-05T07:58:07+00:00</dc:date>
<dc:subject>15代日記</dc:subject>
<slash:comments>0</slash:comments>
<wfw:commentRss>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/273/feed</wfw:commentRss>
<description>明日は我が家恒例の茶会『光風の茶会』が開かれる。
  沈壽官窯の友の会（年会費3000円也）の方々を対象に開かれる。
  母の生前は『梅見の茶会』と称していたが梅の開花のタイミングが難しく、一時は『青葉の茶会』として五月 [...]</description>
</item>
<item rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/272">
<title>『歴代沈壽官展』東京展、終に終了。</title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/272</link>
<content:encoded>&lt;p&gt;日本橋三越で開催されていた『歴代沈壽官展』が閉場した。&lt;br /&gt;
  僕は個展開催分、つまり前半の１週間で戻ってきたが、その後も大盛況だったようで、結局、総入場者数は45000人に迫ったとの事。&lt;br /&gt;
  自分の力とは思わない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  『日曜美術館』、『朝日新聞社』、『三越』等に背中を押して頂いたのだ。&lt;br /&gt;
  私は舞台の上で踊らせてもらった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  しかし、もう一つの力を忘れてはならない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  倉庫で古い二個のトランクを見つけたのが五年前。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  和綴じの虫食いだらけのボロボロの幕末・明治の文書。&lt;br /&gt;
  あまりの状態に一瞬、燃やしてしまおうと思ったくらいだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  しかし、思い止まった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  先祖の墓参りもろくにしない僕だが、これらの文書をきちんと整理する事で自分なりの先祖供養にしよう、と考えたからだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  表具屋さんに頼んで、洗い裏打ちした資料とにらめっこの夜が続く。&lt;br /&gt;
  それはまさに薩摩焼黄金期を作った偉大な先人達との対話そのものだった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  今にして思うと全てはあの瞬間から始まったように思える。&lt;br /&gt;
  それ以来、僕は何か見えない存在に此処まで連れてきてもらった気がするからだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  あれらを洗い、裏打ちして読み返す決心をあの瞬間しなければ、この不思議なエネルギーと出会う事は無かったろう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  文書は実に多くの事を教えてくれる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  『文書の精』という奴が導いてくれる世界は新鮮なオドロキニに満ちている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  逆に今を生きる僕は心の葛藤や試練を後世に伝えるすべを持たない。&lt;br /&gt;
  書き留める事の大切さをしみじみと識るのだ。&lt;/p&gt;
</content:encoded>
<dc:creator>mobileadmin</dc:creator>
<dc:date>2011-02-04T04:28:30+00:00</dc:date>
<dc:subject>15代日記</dc:subject>
<slash:comments>0</slash:comments>
<wfw:commentRss>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/272/feed</wfw:commentRss>
<description>日本橋三越で開催されていた『歴代沈壽官展』が閉場した。
  僕は個展開催分、つまり前半の１週間で戻ってきたが、その後も大盛況だったようで、結局、総入場者数は45000人に迫ったとの事。
  自分の力とは思わない。
  『 [...]</description>
</item>
<item rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/271">
<title>個展終了。</title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/271</link>
<content:encoded>&lt;p&gt;昨日の午後四時をもって個展は終了した。&lt;br /&gt;
  懐かしい顔、初めてお会いする顔、多くの方々と触れ合った激動の１週間だった。&lt;br /&gt;
  新館７階の『歴代沈壽官展』と掛け持ちだった分、かつて無い高ぶりと忙しさの中での毎日だった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  お陰様て無事に終える事が出来、スタッフのサポートに心から感謝している。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  それにしても田舎者にとって、10日間近くの百貨店滞在はきつい。&lt;br /&gt;
  まず、百貨店には窓が無い。&lt;br /&gt;
  従って外の様子が全く分からないのだ。&lt;br /&gt;
  常に人工の灯りの下で過ごすわけで、所謂、体内時計が機能しない。&lt;br /&gt;
  加えて慣れないスーツに革靴履いて、ほとんど立ちっぱなしだ。&lt;br /&gt;
  知られてはいないが、意外にタフな職場なのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  少しづつ、少しづつ披露は溜まっていく。&lt;br /&gt;
  今、羽田で搭乗を待っている。&lt;br /&gt;
  早く故郷の山々に会いたい。&lt;/p&gt;
</content:encoded>
<dc:creator>mobileadmin</dc:creator>
<dc:date>2011-01-26T02:18:13+00:00</dc:date>
<dc:subject>15代日記</dc:subject>
<slash:comments>0</slash:comments>
<wfw:commentRss>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/271/feed</wfw:commentRss>
<description>昨日の午後四時をもって個展は終了した。
  懐かしい顔、初めてお会いする顔、多くの方々と触れ合った激動の１週間だった。
  新館７階の『歴代沈壽官展』と掛け持ちだった分、かつて無い高ぶりと忙しさの中での毎日だった。
   [...]</description>
</item>
<item rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/270">
<title>有難いことに</title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/270</link>
<content:encoded>&lt;p&gt;日本橋三越で開催中の『沈壽官歴代展』に沢山のお客様に来ていただいている。&lt;br /&gt;
  百貨店サイドは１日約1000人程度の来場者を予定していたが、初日から3000人の来場で、連日それが続いている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  有難い事だ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  今回の展示会は410年前に韓国より伝わった陶芸が鹿児島で薩摩焼として成長し、やがて日本の近代化の潮流の中で世界市場へと翼を拡げていった様を解説的に展開している。&lt;br /&gt;
  薩摩焼の事を知らなかった方も沢山おられる中で、1月16日（日）9時からの『新日曜美術館』が非常に良い呼び水になったと、しみじみ思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  司会の姜 尚中さんは素晴らしい人だった。&lt;br /&gt;
  穏やかに相手の話を受けて、相手の言わんとする所を簡潔にギュッと要約してくれる。&lt;br /&gt;
  だから、次に話を継ぎやすいのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  世の中には『要するに！要するに！と言いながら、話を更に複雑にする奴がいる。全く要してない。&lt;br /&gt;
  かと思うと、日本語を知らない外国人に、大声でゆっくりと日本語を話している奴もいる。&lt;br /&gt;
  相手は耳が遠い訳ではないのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  その点、姜さんはまるで違う。&lt;br /&gt;
  深く理解しようと、全力で考えてくれる優しさに満ちている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  故にかなりモテるらしい。&lt;br /&gt;
  成る程、だろうな…と思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  誰だって、深く理解されたいし、自分が自分を理解る以上に自分を理解ってくれる人がもしいたら、かけがえのない素晴らしい存在だ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  姜さんの人としての魅力はそこにあるんだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt; 『新日曜美術館』は23日（日曜）夜8時からNHK教育テレビで再放送されます。&lt;/p&gt;
</content:encoded>
<dc:creator>mobileadmin</dc:creator>
<dc:date>2011-01-21T09:32:23+00:00</dc:date>
<dc:subject>15代日記</dc:subject>
<slash:comments>0</slash:comments>
<wfw:commentRss>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/270/feed</wfw:commentRss>
<description>日本橋三越で開催中の『沈壽官歴代展』に沢山のお客様に来ていただいている。
  百貨店サイドは１日約1000人程度の来場者を予定していたが、初日から3000人の来場で、連日それが続いている。
  有難い事だ。
  今回の展 [...]</description>
</item>
<item rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/269">
<title>さしむかい</title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/269</link>
<content:encoded>&lt;p&gt;『さしむかい』とは私達、沈壽官窯で製作されている黒ヂョカのセットだ。&lt;br /&gt;
  黒ヂョカとは正しくは黒茶家と書く。&lt;br /&gt;
  語源は不明。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  薩摩では煮炊きをする陶製の容器を茶家（チョカ）と呼んでいた。&lt;br /&gt;
  チャカではない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  古くは山で煮炊きをする大型の大山茶家、薬を煎じる薬茶家、焼酎をお燗して飲む焼酎茶家、お茶を沸かして飲む茶茶家等があった。&lt;br /&gt;
  そして『さしむかい』は焼酎茶家のセット（茶家、炉、ぐい飲み二個、計量カップ・計18900円）である。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  これで焼酎を飲むと抜群に旨い。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  暖める事で遠赤外線が出て、焼酎の味をまろやかにするのだ。&lt;br /&gt;
  焼酎愛飲家の方には是非とも奨めたい。&lt;br /&gt;
  身贔屓の様だが自信があるのは、某蔵本が蔵子三十人に目隠しで利き酒をさせたところ、二十九人が私達の黒茶家を選んでくれたからだ。&lt;br /&gt;
  可笑しかったのは、そのうち一人が『工場長、これ何処の焼酎ですか？』と真顔で聞いた事だった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  というわけで、今年の元旦の南日本新聞の読者プレゼントにこのセットを二セット出させて頂いた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  すると、なんと千通を越える応募があった。&lt;br /&gt;
  名前と住所だけのものが多いが、中には切々と欲しい理由が書かれているものがある。&lt;br /&gt;
  焼酎大好きなおじいちゃんに孫から、父親の還暦の祝いに感謝を込めて娘から、最近、疲れ気味の旦那さんに奥様から、成人した倅と父親が飲むために、亡くなった父親を思い出して……、と様々だが、いずれも情景が目に浮かぶ様で、本当に応募して下さった皆さんに差し上げたいと心から思った位だった。&lt;br /&gt;
  と同時に、このインターネットの時代にこんなに手書きの葉書を沢山頂き、別の意味でも感動だった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  改めて、ご応募下さった方々に感謝します。&lt;/p&gt;
</content:encoded>
<dc:creator>mobileadmin</dc:creator>
<dc:date>2011-01-17T03:04:17+00:00</dc:date>
<dc:subject>15代日記</dc:subject>
<slash:comments>0</slash:comments>
<wfw:commentRss>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/269/feed</wfw:commentRss>
<description>『さしむかい』とは私達、沈壽官窯で製作されている黒ヂョカのセットだ。
  黒ヂョカとは正しくは黒茶家と書く。
  語源は不明。
  薩摩では煮炊きをする陶製の容器を茶家（チョカ）と呼んでいた。
  チャカではない。
   [...]</description>
</item>
<item rdf:about="http://www.chin-jukan.co.jp/blog/268">
<title>稲荷神社</title>
<link>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/268</link>
<content:encoded>&lt;p&gt;町内にある稲荷神社の宮司は大の親友で、新年の初詣は必ず行くことにしている。&lt;br /&gt;
  今年も家族で詣でた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  神様に手を合わせ、柏手を打つ。熊手を買い込みおみくじを引く。&lt;br /&gt;
  恒例の流れだ。&lt;br /&gt;
  五十円のおみくじは付録が付かないが、二百円の方は小さな金色の招き猫やら小判とかが入っている。&lt;br /&gt;
  みんなで二百円のおみくじを引いた。&lt;br /&gt;
  長男『おっ！大吉だ！』&lt;br /&gt;
  私『おっ！俺もだ！やった！』、しばらく読んでたら&lt;br /&gt;
  長男、『お父さん、見せて』&lt;br /&gt;
  私『いいよ』&lt;br /&gt;
  長男『？……』&lt;br /&gt;
  私『…？』&lt;br /&gt;
  長男『お父さん、同じだよ』&lt;br /&gt;
  私『何が？』&lt;br /&gt;
  長男『俺達のおみくじ。同じだ』&lt;br /&gt;
  私『…』。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  全く同じだった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;  喜びが少しだけ消えていった。&lt;/p&gt;
</content:encoded>
<dc:creator>mobileadmin</dc:creator>
<dc:date>2011-01-06T09:24:07+00:00</dc:date>
<dc:subject>15代日記</dc:subject>
<slash:comments>0</slash:comments>
<wfw:commentRss>http://www.chin-jukan.co.jp/blog/268/feed</wfw:commentRss>
<description>町内にある稲荷神社の宮司は大の親友で、新年の初詣は必ず行くことにしている。
  今年も家族で詣でた。
  神様に手を合わせ、柏手を打つ。熊手を買い込みおみくじを引く。
  恒例の流れだ。
  五十円のおみくじは付録が付か [...]</description>
</item>
</rdf:RDF>

