月松村

15代日記 | 2009年7月30日

 韓国の全羅南道、長興(チャンフン)と云う町に来た。

 人口45000人の地方都市、その遥かに校外の月松村に、朽ちた朝鮮時代の白磁の窯がニ基残されている。
 月松村の人口は僅かに総勢49名。
 高齢化の進んだ文字通り『限界集落』だ。
 三年前に知り合った村長のムンさんに頼まれて、この窯跡を利用した地域起こしのシンポジウムに参加した。
 ムンさんは古代米、カボチャ、玉ねぎ、唐辛子、牛等々を営む農家で45歳、朴訥で素晴らしく筋肉質の実にたくましい男だ。
 長興の中心地で三億円をかけた『水の祭り』が開かれており、この機に是非とも我がド田舎、月松村を売り込みたいとの狙いだ。
 工場が一軒も無いため、完全無農薬、有機農業の村を目指している。
 この白磁の窯が注目を浴びたら、村に有機野菜を買いに来てくれるかも…と淡い期待、と云うか、ワラにもすがる思いのようだ。
 期待に応えるべく、僕も郡主、議長、文化院長、議員、研究者、村人と相次いで話し合いを持った。
 それぞれがこの限界集落への協力を約束してくれたし、何より日本から沈寿官がその為に来ている事に、一体全体何事か?と驚いていた。
 この成果に村人の歓迎会は深夜一時まで続いた。
 出てくる酒、肴は全て村人の手作りの無農薬尽くし、下手なパンソリと無邪気な笑い声の楽しい夜だった。
 カエルの鳴き声を聞きながら、有機農業で梨を生産しているキムさんの自宅韓屋で眠った。
 早朝五時半に目覚め窓を開けると、立ちこめた朝霧の中に青々とした一面の水田。
 畔道はきれいに刈り込まれ、遊んでいる農地は一枚も無い。
 隣の台所からは早くも民泊先のキムさんの奥さんが朝の支度を始めてくれていた。
 美味しい朝食の後、午前中対談、午後講演の日程を済ませ、夜七時半夜行列車に乗り込んで一人ソウルへ向かっている。
 あの静かで清潔な長興の村。
 村人は僕の車を見送り手作りのどぶろくや椎茸、漢方薬、米等々、持ちきれない程のお土産をくれた。
 杖をつきながら若い村長の足らぬ点を詫びた老婆の顔には深いシワ。
 暫く忘れていた沢山の事を思い出させてくれた。
 又、来よう。
 あの村を救えるスキルとアイデアを持った奴らを引きつれて…。
 ムンさんを男にしてやりたい。
 息子の手術で見送れないムンさんに代わって、ハンさんが泥んこの農業トラックで駅まで送ってくれた。
 大男のハンさんは全ての荷物を軽々と抱え、何人もの人にホームの何処で待っていれば良いのか、真っ黒に日焼けした顔と真っ直ぐに伸びた背で恥ずかしそうに確かめてくれた。
 そして、僕に自分が失礼が無かったかと、何度も詫びていた。
 列車が走りだしても、何時までも何時までも頭を下げ見送っていたハンさん。
 ありがとう。

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トカラ列島

15代日記 | 2009年7月21日

 鹿児島県のトカラ列島で46年ぶりの皆既日食が見れると云う。
 宝島、諏訪ノ瀬島、悪石島、硫黄島等々、鹿児島県本土から南にネックレスの様に連なる島々、トカラ列島。
 不思議な名前だ。
 正式な漢字は携帯では表せない。
 『と』は『渡』、『から』は『唐』に由来する、つまり中国との強い関わりを示すのだ、との説もあるが分からない。
 ただ、この島は学術上『道の島々』と呼ばれているのだ。
 古代から中国文化を黒潮に載せて運んできた。
 デイゴの赤い花が咲くと琉球船がやってきたらしい。
 沖縄の久米島から次の島を目視し、風を駆って薩摩まで北上出来たらしく、北九州の遺跡から出土する甕棺に埋葬されている古代人の腕に巻かれているコホウラ貝の腕輪も、皆この辺りの海域の産であるらしい。
 弥生の先進的技術と引き替えにしたのだろう。
 更に、これらの島々に伝わる伝説や芸能は圧倒的で、生き生きと海の民の歴史を語ってくれる。
 多くの文化が朝鮮半島から寄せられたと云われる中、この島々は文化伝播のもう一つの道、つまりミクロネシアや中国からの道として、日本の文化人類学史上に於いて、又、古代史をひもとく上でも極めて重要な地であるのだ。
 しかし、例によってマスコミは、当日は曇るかも知れませんとか、見ると目が潰れますよ!(これまで皆既日食で失明した人を出演させて欲しいが…)、とか、ヨットで侵入した者がいるらしいとか…繰り返すだけで、その島の歴史や文化なんて一言も知らせない。 
 気がついてないのか、知らないのか…、或いはそんな事は関係ないのか、つまりは絶海のド田舎島扱いだ。
 北上した文化より南下するリゾートに浮かれてる。
 そこに暮らす人々、そしてそこに伝わる暮らしに敬意を払う事から始まるものがある筈だ。
 
 悪石島には『ボゼ』と呼ばれる神が棲む。
 その巨大かつ異様な姿は秋田のナマハゲを遥かに凌ぐ恐ろしさだ。

 幼い頃、一度写真を見て、夜も眠れぬ程、心底怯えた。
 
 那覇の友達から電話。
 今年はデイゴが満開だそうだ。
 つまり台風の当たり年。
 やはり皆既日食は天変地異…の前兆か。

 旅人は決して、『ボゼ』の怒りに触れてはならない。

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梅雨明け

15代日記 | 2009年7月14日

 今年はさしたる雨も降らないまま梅雨明けを迎えた。
 幼い頃、祖母が四月にタケノコの皮が割れて落ちる年は空梅雨(からつゆ)だと話していた。
 米を作る上で気になる話だ。
 以来、取り損ねたタケノコが伸びるのを見る時は、皮の様子に自然と目が行く。
 今年は確かにことごとく割れていた。
 農家は困っているに違いない。
 
 それにしても様子が少しおかしい。
 時折吹いてくる風が妙だ。
 今の時期、風はあまり気にならないのだが、巻くような強い風が吹く日が多い。

 それからクモの巣が今年は少ない。
 更に、春からミツバチが建物の中に巣を作るのも気になる…。

 心配事とは、つまり台風だ。しかも大型。
 久しぶりに凄い奴が上陸しそうな田舎者の予感がする。
 ちなみに蝉はまだ鳴かない。
 一体何やってるんだろう?

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