週末

15代日記 | 2009年6月29日

 仕事で週末、土日は三重県の四日市だった。
 ビルの最上階からは四日市港と青い伊勢湾が見えた。
 その伊勢湾に中部国際空港、別名セントレア空港がある。
 何故、『セントレア』なのか、よそ者の僕にはさっぱり分からなかった。
 やはり、自分達だけで分かって、他人が分からない事はやらない方がいい。
 トヨタともあろう者が、そんな事にも気付かないとは…。 
 
 確か、伊勢湾台風は僕の生まれた昭和三十四年だった。
 沢山の赤ん坊が亡くなったと聞いている。
 僕の見た伊勢湾は穏やかで優しかった。
 
 さて、取引先の『伊勢久』は絵の具や筆、その他陶芸関係の材料を扱う日本で一番の会社だ。
 しかしこの不況で大幅に売上が落ちたという。特にトヨタの衰退が最も応えたという。
 陶芸と車、一見無関係に思える両者にどんな関わりがあるのか。
 実は二万にも及ぶ車のパーツ、そこには気の遠くなるような網の目状のピラミッドが張り巡らされていて、伊勢久もその一つの細胞らしい。
 例えばフロントグラスの上部、フレームの下に黒い帯状の塗料が塗ってあるのにお気づきだろうか…。
 あの絵の具だけでも実に数多くの人々や会社が関わっているらしいのだ。
 その他にも、セラミック部品や型原料等、多岐にわたるという。
 言い換えれば、僕らは自動車産業のほんの余りで生きている様だ。
 国がてこ入れするのが分かる気がした(笑)。

 話は変わる。
 M・Jが亡くなった。
 後半生?はやや破滅的だった。
 アルバム『スリラー』が大ヒットしたが、僕はあの精悍なマイケルより、ジャクソン5時代が懐かしい。
 今でも『ママがサンタにキスをした』は携帯に保存してある。
 フィル・スペクタープロデュースでロネッツも歌ってた。
 伸びのある澄んだ声、ファンキーなリズム、天性のダンスセンス、まさにソウルミュージックの申し子だった。
 幼い頃のリトル・スティービーにも匹敵する存在だった。

 安らかに眠って欲しい。
 にしても残念だ。

ページの先頭へ

追伸 『武神』

15代日記 | 2009年6月18日

 『武神』金先生は、現在はアメリカのニューオリンズに拠点を構えておられる。
 四十数年前、先生は、韓国の仁川港を船出して、一人ロサンゼルスに向かったと聞いた。
 僕の記憶では、当時の朴政権は一般の海外渡航を固く禁じていたはずだ。
 僅かに選ばれしエリート達か、或いは自国で志を果たせなかった青年達が国を棄てるように、密かに海を越えたと聞いている。
 金青年もそのいずれかであったのか…、僕には聞けなかった。
 
 船は横浜港に寄港したらしい。
 
 船のデッキから見えた横浜港にアルファベットで『SAYONARA』と書かれていたそうだ。
 金先生は四十年以上たっても、あの景色を忘れないと話しておられた。
 一人、最後の港、横浜。
 筆舌には尽くせない想いが今も彼の心にある。

ページの先頭へ

『武神』金先生

15代日記 | 2009年6月18日

 先日、我が家にアメリカ大統領の護衛官(SP)達に護身術『韓武道(ハン・ムドウ)』を創始し指導しておられる金先生がいらっしゃった。
 この先生はテコンドー五段、講道館柔道五段、日本合気道五段、韓国古武道の達人と云うまさに『鬼』の様な方だ。
 同時に史学博士でもある。
 僕は武道を体系化し、更に六百もの技を紹介した分厚い本を頂き、それだけで強くなった気がした。
 
 先生は現在七十一歳。
 全身から出てくる穏やかな雰囲気に込められた闘気は未だに衰えず、まさに『武神』そのものだ。
 
 僕は恐れ多くも、この『武神』を前にして薩摩の根性を見せてやろうと思ったのだ。
 
 『先生、昔の薩摩の男は「一年片頬(かたふ)」と言って、一年に一度、片方の頬を動かすだけで笑いは十分だ、と言ったそうです』
 すると『武神』は大きな身体を軽く揺すり、笑顔で優しくこう言った。
 『昔の韓国の男は一生に三回しか笑わなかった。一度目は科挙の試験に合格した時だ。二度目は、当時、男女は結婚式当日まで顔を会わす事が無かった。従って、式の朝、相手と初めて会い、その女性が自分好みの女性だった時に笑うのだ。そして三度目は死ぬ前に自分の人生に感謝して笑う』と。
 だから僕は尋ねた。
 『では先生、科挙の試験に落ち、式の朝、絶望的な出会いをした男は一度しか笑えませんね』
 すると『武神』いわく。
 『その男は死ぬ前も笑わないだろう』
 …僕もそう思った。

 楽しい夕食を供にして、ホテル迄お送りした。
 先生と奥様は心からのお礼を述べられた後、手をつないで食後の散歩へと、ゆったりと向かわれた。

ページの先頭へ

オタマジャクシ

15代日記 | 2009年6月13日

 石川県の各地で空からオタマジャクシやフナが降っているらしい。
 テレビは例によって視聴率欲しさに、このネタを引っ張りにかかっている。
 

 さてオタマジャクシや小鮒と云うのはこの時期のサギやカラスにとっては大切な餌だ。
 僕はこのオタマジャクシやフナが空から降ってくる現象と云うのは、やはり鳥が吐き出したものだろうと思っている。
 一度に2〜30匹は多いと云うが、それくらいは一度に捕食する。
 しかも今は、水田はオタマジャクシの大群がいて一度に簡単に捕食できる。
 
 では何故、せっかく捕らえた餌を吐き出したのだろうか?
 
 時は今、まさに対北朝鮮非難決議がまとまろうとしている時期だ。
 更に、これまでのあの国の状況の推移を見ると、当然、航空自衛隊小松基地から、アラートと称する戦闘機のスクランブル発進や飛行訓練が頻繁に行われているだろう事は容易に想像できる。
 マッハの速度で飛行するため爆音が遅れて、ドンッ!とやってくるのだ。
 このかつて無かった程の頻度の音の固まりに山や海の鳥たちが驚き、ストレスを感じているのではないか…?。
 サギやカラス、或いはカモメが食事を終え、いよいよと云うタイミングで金属の怪鳥が飛来し、少し遅れて爆音の固まりに包まれる。
 驚いて食べたばかりのオタマジャクシを吐き出してしまうのではないか?
 この戦闘機原因説が僕の説だ。
 従って、この現象は暫く続くだろう。
 そして他県でも発生するとしたら、同じく日本海側の航空自衛隊の基地を抱えた所だ。
 どうかな?予想、当たるかな?

ページの先頭へ

追伸・『おどま〜』

15代日記 | 2009年6月12日

 『五木の子守唄』はセンサーで車を感知すると駐車場のスピーカーから広い場内に流れるシステムだ。
 勿論、録音である。
 因みに、福岡から鹿児島に戻るルートの山江サービスエリアには流れていないようだ(笑)。

ページの先頭へ

コーラス

15代日記 | 2009年6月11日

 深夜、鹿児島から福岡まで車で移動した。
 山江という熊本県の山あいの村にあるサービスエリアに立ち寄った時だ。
 誰もいない駐車場、だだっ広い深夜の駐車場に車を停め、ドアを開け、外に出た僕の耳に飛び込んできたのは、女性コーラスグループによる『五木の子守唄』。
 あの『おどま盆ぎり盆ぎり…』の五木の子守唄だ。
 想像してみてほしい。
 深夜の駐車場で車を降りたら、風に乗って響き渡る哀愁に満ちた『おどま盆ぎり〜…』。
 コーラスの女性たちには失礼だが、状況を誤ると、まるでヤマンバの群れか、おいてけ堀、はたまた、お菊の井戸からの合唱だ……。
 背筋が寒くなったと同時に、これを『やりましょう!』と提案し『そうしましょう!』と云う人々が居た事に絶句する。
 
 一度、深夜の三時過ぎ、一人で車を飛ばして行ってみたら一興だ。
 
 僕は一人では絶対行かないだろう。

ページの先頭へ

講演

15代日記 | 2009年6月2日

 最近、講演の機会が増えてきた。
 以前はごく稀だったのに、最近は何故か増えた。
 僕の話せる事はせいぜい薩摩焼きの歴史、加えて製作の話か、あるいはこれまでの人生の流れを話すぐらいしかない。
 いわば自分の過去を打ち明け、暴露する行為だ。
 しかも、遥かに自分より人生経験豊富な方々に向かって話す事が多いのが厄介だ。
 『お前、しゃべり馴れてるだろうから、緊張なんてしないだろう』と言われるが、とんでもない話だ。
 僕は漫談家や漫才師ではないし、これは『講座』でもない。
 『講演』と云うものを経験しない人には多分解らないと思う。
 何度やっても慣れる事など゛無い。(島田洋七のガバイばぁちゃんはともかく)
 では何故、講演をするのか?と云うと二つの理由からだ。
 一つは自分の会社から『宣伝になりますから断らないで下さい』と頼まれる。
 もう一つは個人的にお世話になっていて断れないからだ。
 講演の前になると、何度経験しても正直言って逃げ出したくなる。
 済んだ後も、あれで良かったのか…、不快な気分になった方もいらしたのでは…、となかなか眠れない。
 胃も痛い。
 悪夢の様な講演があった。
 聴衆が全くの無反応だったのだ。
 きちんと座り、じっとこちらを見つめたままの無反応だ。
 僕がいきなり本題に入ってしまったせいでもある。
 そんな中、焦れば焦る程、自分が底無し沼に沈み落ちていくようだった。
 こんな散々な経験が過去に二度ある。
 講演の前になると必ずよみがえる悪夢だ。
 講演と云うのは当方のコンディションに加えて、聴衆の協力も必要なものだとは思う。
 そうゆう意味では田舎の婦人会が一番良い。
 
 以前、講演の名人と呼ばれる我が父に尋ねた事がある。
 『お父さんは講演でしくじった事はありませんか?』
 すると父は『無い』と答えた。
 彼は聴衆が無反応だと、逆に『何故、みんな俺の言うことが分からないのだ!?』と怒りと共に思うらしい。
 この、俺に付いてこい的自己中発想こそ講演者には必要なのだろう。
 つまりは、言いたい事を自信を持って言う、同時に相手を、聞く雰囲気にしてしまう努力と能力だ。
 これは並大抵のパワーとテクニックではない。
 こうゆう人はそもそもオーラが違う。
 政治家やタレントに見られる光のオーラだ。
 出てきた瞬間に聴衆をつかんでいる。
 僕はこれを『魔法』と呼んでいるが、これが出来るようになると、一流の上に『超』の字が付くのだろう。
 いわゆる『花がある』と云う奴だ。
 『これでもう講演は最後にしよう…』とか『今度で本当に終わりにしよう』等と毎回考えているくせに、済んで暫くすると、又誰かに頼まれて…モゾモゾ…と云う僕には到底無理な事なのか……?。
 まぁ、難しいもので、例え上手くいったとしても『話しが上手い』と言われてしまっては、まるで口舌の徒扱いだ。
 ウソは通用しない。
 講演もブログと同じで、頭の整理にはなるが…。

ページの先頭へ