一勝地焼

15代日記 | 2009年3月21日

130-1
 熊本の人吉に相良藩の庇護を受けた一勝地焼という焼き物があった。
 薩摩の影響がどれ程あるのかを調査したのだが、残念ながら、それは皆無と言って良かった。
 人吉と薩摩の交流は幕末に大火の救援金として小松帯刀が五千両を貸した事から、もう少し何かしらあるかと期待していたのだが…。
 さて、それにしても球磨川は良い。
 美しき青きドナウと言うが敗けてないぞ。
 最高だった。
 一勝地はこの球磨川の支流沿いの山間に存在したと言われる謎多き窯である。
 今後の発掘、調査を期待したい。
 ちなみに一勝地駅の切符はその名前から受験生の守り神になっている。
 その真剣そのものの駅に御覧のポスターが貼ってあった。
 時間が無く、立ち寄れなかったが、一応ご報告はしておきます。

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タイミング

15代日記 | 2009年3月20日

 今日は人吉に出張。
 原稿を書きたかったので、電車にした。
 駅に車で向かいながらラジオを聞いていたら、新人女子アナが『あ…、雲間からお日様が顔を出しました。まるでお祝いしてくれてるみたいですね』って言ってた。
 やれやれ定番の台詞だな…、そう正直思った。
 
 今日は自由席なのでホームで電車を待ちながら、家から持って来た小さな冊子を開いた。
 そこには満開の花畑を通りかかった時に、内なる声で、『花々は君の為に満開になっているんだよ』と伝えられた男が、自分で反論するシーンが書かれてある。
 『偶々、この満開の時期に、ここを通りかかっただけなのだ』と言うのだ。
 それに対し内なる声は、『客観的にはそうである。しかし主観的には草花は君を歓迎し満開になっている。素直に「嬉しい、有り難う」と受けとめよ…』と伝える。
 僕は先程の自分を恥じた。 『人間は、その一生の間に逢うべき人に必ず逢わされる。それも一瞬早すぎもせず、一瞬遅すぎもせず』と言うが、言葉も同じだと思った。

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白磁の人 PART2

15代日記 | 2009年3月14日

 浅川の本業をうっかりしていた。
 彼は林業技師であった。
 当時、朝鮮を支配していた日本はそれまで朝鮮には無かった地籍法を持ち込み、期間内に届け出の無かった土地は、政府の物としたのである。
 従って、それまで一族の共同の土地であったものが、持ち主不在の土地となり、やがて政府の支配強化の為に、協力者に再分配されていったのである。
 新しい持ち主は土地に愛着を持たず、とりわけ山林は次々に伐採されていった。
 岩山に薄い表土がおおっただけの朝鮮半島の山々は保水力を失い、はげ山となり洪水をおこす。
 浅川はこれに心を傷め、苦心の末、画期的方法で山林の復活を適えた。
 今の韓国の山々の40%は彼の業績によるものとされる。

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白磁の人

15代日記 | 2009年3月14日

 『浅川 巧』という人物をご存知だろうか。
 日本が朝鮮半島を武力で植民地支配していた時代に、彼の地へ渡り、古い窯跡の発掘調査に伴う白磁の再評価や工芸製作の道具や伝統的工芸品の調査をした方である。
 その著書は正に労作であり、当時を記す貴重な資料となって今に伝えられている。
 山梨県は駒ヶ岳山麓の人である。
 朝鮮に渡った彼は、朝鮮の民族衣装パジチョゴリを身に付け、ハングルをもって居酒屋で朝鮮の人々と夜毎語り合った。
 彼は確か四十歳で他界したが、彼の棺は現地の朝鮮の人々が担ぎ上げ彼等が埋葬した。
 僕は彼の命日にソウルの東、万憂里の共同墓地に行った事がある。
 そこにはハングルで確かこう刻んであったと記憶している。
 『韓国の工芸を愛し、韓国の大地を愛した日本人、ここに眠る』と。
 その浅川を題材にした小説が『白磁の人』(江宮隆之著)であり、この度ついに映画化されることになった。
 いつも感じることだが、歴史の検証と云うのは難しい。
 何故なら、驚くほど多面的で複雑で広く深い。
 それらを全て知り得る事は不可能なのだ。
 テレビや書店では、不完全な知識を拠り所に様々な言論が飛び交っている。
 例えば「あの戦争は侵略であったのか否か」などという…。
 大事な事は我々が何を理想の在るべき姿とするのか、そしてそれを実現するためにはどうしたら良いかを歴史に尋ねる事だろう。
 どの様な映画になるのかは未知であるが、楽しみにしたい。

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卒業式

15代日記 | 2009年3月12日

126-1
 今日は朝から次男の東市来中学校の卒業式だった。
 私の母校でもある。
 今は『蛍の光』も『仰げば尊し』も唄われない。
 女子達は泣いていたが、男子達は照れ臭いのか…ふざけてた。
 それにしても、久しぶりの母校は懐かしい。 
 あの頃の校舎は今はない、しかしそれでも矢張り懐かしいのだ。
 次男は昨日初めて髭を剃ったらしい。
 兄貴に教えてもらった。
 久しぶりに背丈を比べたら、もうすぐ負けるとこである。
 時間の問題だな。
 校庭に桜が咲いていた。

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薔薇

15代日記 | 2009年3月8日

 早いものでもう山桜が満開だ。
 北国は未だに雪の中にあるのに…。
 日本が南北に長い事をしみじみ感じる。
 

 以前、『桜』という植物は薔薇科の植物だと云うことを聞いた事がある。
 太古の時代、地球は巨大なメタセコイヤの原生林で覆われていたらしい。
 小さな植物は光を遮られ、とても生きていけない。
 ところがある日、今のシリアの辺りに砂漠が出現した。
 そしてその時を待っていたかのように、原生林から飛び出してきたのが薔薇だったのだという。
 しかも薔薇はこれまでの植物に無い不思議な遺伝子を持っていた。
 それは、他のどんな植物とも交配出来るという遺伝子だという。
 その能力によって薔薇は瞬く間に子孫を増やし、多様化し、仲間は地球上を覆ったのだ。
 因みに、お茶も薔薇科なのだそうだ。
 しみじみ不思議な植物だ。
 僕の知り合いに、誰とでも交配してしまう奴がいるが、薔薇ほど無責任ではない。
 
 ところで『薔薇』っていう字、書けます?

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スタンディング・オベーション

15代日記 | 2009年3月2日

 この前テレビでオバマ大統領の議会演説を見ていて思った。
 前のブッシュ大統領の時もそうだったが、アメリカは大統領が何か「決め台詞」を言うたびに、一々全員が立ち上がって拍手するのだ。
 いわゆるコンサートで言うところのスタンディング・オベーション。
 コンサートでは最後だが、大統領の演説の場合は3分に一度の割合で、実に頻繁である。
 しばらく見ているうちにコツが分かってくる。
 言葉のトーンが徐々に上がって来て、ドン、だ。
 打ち上げ花火に似てる。
 決め台詞の重量度によって『尺玉』から『三尺玉』に分かれる様だ。
 日本の歌舞伎でも「ここ」と云う時に『よっ!成駒屋!』『日本一!』と叫んで場を盛り上げる。
 これと同じだが、歌舞伎のはタイミングはビミョーで、間違えると、ひどく無粋になり、ぶちこわしてしまう為、いわゆる『通』の人しか使えない高等テクニックなのだ。
 それに比べて大統領のスタンディング・オベーションはこれより遥かに簡単。
 下手すりゃ、隣の奴とおしゃべりしてても、タイミングは合わせられる。
 よく講演を聞きに行って寝ていて、拍手の時はスッと意識が戻り、さも目を閉じて、真剣に聞き入っていたかの様に、うなずきながら拍手をする達人がいる。(演台から見ると一目瞭然なのだが…)
 しかし、それにしても、アメリカのスタイルは膝の痛い人間には無理だ。
 しかも毎回、まるで目から鱗が落ちたかの様な驚きの笑顔で、立ち上がり、拍手を贈る。
 そんな人々の様子を見てると、深夜の通販番組でアメリカ人がやたら便利そうで、でも買ったら二三回使って、それっきりしまい込みそうなジューサーの機能を紹介する度に、一々互いに顔を見合わせ、大げさに感心して見せる姿とたぶるのは僕だけだろうか?

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