ありがとうございました!

15代日記 | 2008年12月31日

 本年もいよいよ大晦日を迎えました。
 今年一年、お世話になりました。
 思えば色々な事があった一年でした。
 正門の大改修、お客様用トイレ新築、工場内大改修と建築に明け暮れた一年でした。
 考えようによれば、それは財産を増やした事になります。
 個展は後半、厳しい年でした。
 
 更に来年は新しく二名の技術者を増やします。
 
 守りを固めつつ、チャンスを常に探りながら機敏に反応出来るチームを作りたいと思います。
 厳しい一年が来る事は分かりますが、耐えて凌いでいきたいと思います。
 一年間、大変お世話になりました。
 有り難うございました。

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仕事納め

15代日記 | 2008年12月28日

114-1
 昨日は一年の仕事納め。
 工場の大掃除しながら、恒例の餅つきだった。
 本当なら二十八日、末広がりで餅をつくのだが、今年は二十八日が日曜日だった。
 残念ながら、息子達はやれ部活だの塾だので留守なのだが、二十七日、仕事納めの日についた。
 水を張った釜に段々に重ねたせいろを乗せ、前夜から水に浸しておいた餅米を入れる。
 薪を燃やし釜からの湯気で蒸していく。
 東京から来られたお客様が『東京では火を炊いただけで消防車が飛んできますよ』と。
 いやな街だ。
 
 さて、やがて蒸し上がった順に、石臼に入れて、杵でつく。
 若い新人に縁起担ぎで、まず蒸し上がった餅米に塩を降り、食べさせる。
 それから、餅をつかせたが、不慣れなために米粒が残ってしまう。
 杵の重みを利用して、素直に振り下ろせば良いのだが、狙いすぎて腰が引けている。
 手混ぜと呼ばれる相方との呼吸も大事だ。
 
 とにかくスピーディーに餅が熱いうちにつき上げねばならない。
 仕方なく、僕が修正に入る。
 
 女達はつき上がった餅を丸くちぎり、手で捏ねて、お飾りの丸餅を大小作っていくのだ。
 三十日に、注連縄と共に家のあちこちにこの餅を飾る。
 その数なんと二十五箇所。
 家の中に神様が九カ所、外の神様が八カ所、それに窯神、等々だ。
 ユズリハとウラジロ、昆布に橙を半紙に添える。
 これは、僕と息子達の仕事だ。
 表座敷には三服の掛け軸。
 一対の鶴の中に寿老人だ。
 おせちも全て手作り。
 元旦の朝、お膳で家族揃って戴く。
 
 こうして、正月の準備が進んでいく。
 
 それにしても、この神様の多さは異常だ。
 全て、その年次も分かり、更にいわれがある。
 あれを頼むのは、あの神様、と役割も決まっている。
 だから、粗末には出来ない。
 
 目に見えない物に手を合わす。
 人知を超えた何かを信じたいのだろうが、その心は良く理解出来る。

 家を継ぐと云うことは、家業を継ぐだけでなく、儀式、祭礼、庭の一本一本の木々に至まで、気持ちを遣うことであり、それらと向き合う事を覚悟する事である。

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ミクロ決死隊

15代日記 | 2008年12月26日

113-1
 先日、立ち食い蕎麦屋に行ったら、目の前に九州の道路地図が貼ってあった。
 最初は何となく眺めていたのだが、国道の赤い線がだんだん血管に見えてきた。
 すると九州全体が心臓に見えてきたのだ。
 僕は心臓の形を正しくは知らないが、何故かそう思った。
 きっと病院に行くと、壁に血管が蔓草の様に巻き付いた臓器のイラストが貼ってある。
 あれを連想したのだろう。
 さすがに、蕎麦屋にはそんなの貼ってないが…。
 
 僕は自分が『ミクロ決死隊』の隊員になった気がして、少し嬉しかった。

 親友の哲ちゃんの目には九州が左肩を上げた短足・がに股の酔っ払い男に見えるらしい。
 上げた左肩はさしずめ長崎だろう。
 短足がに股の部分は鹿児島県が受け持っている、と察する。
 となると…、我が愛する『桜島』は短足がに股、酔っ払い男の股間の一物と云うわけか……。
 
 僕達は幼い頃からこの山の勇姿を誇りにしてきたのに…。
 更に、この島に暮らす隊員達はどうするというのだ…。

 僕は哲ちゃんの意見に同意しつつも、少し寂しくなった。

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さすが(笑)

15代日記 | 2008年12月21日

 父の友人ですごい人がいる。
 その老人は飛行機に乗るたびに、必ず非常扉のある席を指定する。
 若く綺麗なCAと向かい合わせに座れるからである。
 歳をとって、こんな機会はなかなか無い。
 更に、この方はCAに必ず尋ねるらしい。
 『もし、非常事態が起きた場合、君はどうするんだね?』
 するとCAは笑顔で当然こう答える。
 『お客様全員の機外への避難を確認の後、私も脱出致します』
 それを受けて老人。
 『それはいかん。老いたりと言えども、私も男だ。私が最後に残るから、君は先に逃げなさい』
 それを聞いたCAは目を潤ませて感激。
 『つまらないものですが、お孫さんのお土産にどうぞ』と言って、絵ハガキやらトランプ等のグッズを満載した袋を差し出すのだ。
 
 この老人、いつもこの手で孫の土産をゲットしているらしい。
 
 とんでもない爺だ(笑)。

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怒ってるぞ!

15代日記 | 2008年12月20日

111-1
 今年もいよいよ押し迫ってきた。
 毎朝、新聞を隅々まで読むが、暗く絶望的な記事ばかり…で、だんだん心まで折れてしまいそうだ。
 世界経済が、こんなにも、もろく総崩れを起こすとは…、未だに実感が付いていかない。
 世界はつながってるんだなぁ…、とはしみじみ思う。
 我々の日々の暮らしとはかけ離れた、地球の裏側で起きたことが、即座に僕達の人生に影響を与えるのだから。
 
 『百年に一度の大津波』だって。
 よく言うぜ…。 大体、百年に一度の基準が分からない。
 津波は自然災害だが、今回は人為的欲望によるものだから。
 
 プライムに売るべき物を、欲をかいて手前勝手なリスクを決め、サブに売り、さらにはサブサブに迄売りまくった。
 格付け会社も実にいい加減で『味噌』と『糞』の区別さえ怠った。
 更にアホなディーラーが、そのいい加減な格付けに盲従し、トリプルBがダブルBになった途端に機械的に全てを放出。
 金融設計は複雑・ひいては陳腐化し『つもり経済』に成り果て、更に経営陣は会社は賃料を払えば借りれる『看板』だと割り切り、株主に配当さえ払えば、後は自分たちで全て分け取ることが許されると考えた。
 何がコーポレート・ガバナンスだ。
 鳴り物が入ってチャンチャラ可笑しい。
 こんな亡者達がエリートとして君臨しているのだから、世の中どうしようも無い。
 毎日、額に汗して働いているもの達に一言、謝れ!と言いたい。
 
 
 来年はどんな一年になるんだろう…。
 もう、こうなったら、閑で、どん底の来年にしか出来ない事に情熱を振り向ける。
 
 どんな年になろうと、退場出来ないのなら前進するしかないのだから。
 理想の生地、理想の釉薬の完成を目指し、究極の工芸技術力の蓄積、若く可能性のある技術者の養成をする。
 ブランドの明確化を計り、身の回りの食器の見直しをする。
 これまでも行ってきたことであるが、更に来年はきっちり仕込みの一年にしたいものだ。

 でも、金が続くかなぁ…。

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池の鯉

15代日記 | 2008年12月19日

110-1
 池に鯉を入れた。
 鯛ではない。
 鯛は庭の池では飼えない。

 池の水が減るので又も改修工事をした。
 以前もやり、一旦は止まったのだが、又も減りだした。
 業者は水は変わらずに減り続けてるのに拘らず、『私の考えられる全てをやりました』などと全力投球宣言をして、請求書を送ってきた不思議な男だった。
 『ダメだよ。ちゃんと直してからじゃないと払えないよ』と言い、やっと原因がわかり、減水は止んだ。
 その間、鯉を飼い続けられないので村の『愛鳥の池』に放流した。
 広大な池の中で今、悠々と泳いでいる。
 こいつらは、近所のつぶれた金魚屋のオッサンから六匹三千円でもらったものだ。
 目白の田中邸の鯉は一匹数百万円するらしい。
 朝、目覚めて池の鯉のうちの一匹が死んでたら、大概の人はそれだけで気絶するだろう。
 それにしても、六匹で三千円とは…。まさに屑だ。
 同じ鯉に生まれてこの差。
 人間の格差社会なんてもんじゃない。
 安かった彼らは頭ばかりデカくて、確かに格好悪かった。
 おまけに口が下向きに付いてるから、水面に浮いた餌を食べるのに苦労してた。

 しかし、今回は違う。
 近所の金魚屋が閉店したため、鹿児島市内の店に行き、今度は七匹で二万円のものを選んで買った。
 一匹一匹吟味して選んだつもり。
 鯉の事は知らないが、体系といい、色といい、なかなか立派であると思う。
 …ただし、小さい…。
 将来に期待だ。
 問題はこの新しい子鯉達は動かない。
 池の底にじーっとしてる。
 寒いからなのか?、或いは警戒心が強いのか分からない。
 
 ただ、動かない鯉ほどつまらぬものは無いな…と知った。

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柿の爆弾

15代日記 | 2008年12月17日

109-1
 我が家の庭に古い柿の木がある。
 店の入り口に被るように枝を伸ばしている。
 だから、柿の実が熟す頃は気を遣う。
 いつ、お客様の頭上に落下するか分からないからだ。
 枝には『頭上注意、柿の爆弾』と描かれた看板を釣り下げている。
 幸い未だ被害者は出ていない。
 物好きな人は、その看板を携帯の待ち受けにしているらしい。

 この柿は僕のひい祖父さんの写真にも写っているぐらいだから、かなり古い。
 
 甘柿ではない。しかし、さすがに熟すと甘くなるらしい。
 山に食べ物がなくなって来ると、ヒヨドリやメジロが大挙してやってくる。
 彼らは実に器用に中の果肉だけを食べるのだ。
 だから前半、つまり山鳥達がくる前に落下する柿はグチャッと落ちるが、後半は皮だけがパサッと落ちてくるのだ。
 
 その柿も、いよいよラストの一粒になった。
 神様に捧げる最後の一粒だ。

 鳥達も心して食べてもらいたい。 
 これが済んだら、いよいよ鹿児島にも冬の到来なのだから。

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茶名

15代日記 | 2008年12月12日

 京都に向かっている。
 来年5月、『茶名披露』を行うのだが、その為に裏千家の御家元に挨拶に伺うのだ。
 『茶名披露』とは御家元から『茶名』を頂いた者が、茶人を招いて茶会を開く事を言う。
 
 茶道は亡き母が裏千家をやっていた関係で、母に勧められて僕も裏千家でやりだした。
 とは言うものの、以前も書いたように不良在家信者みたいなものだった。
 ろくに稽古しない僕に比べて、女房はしっかり十何年も稽古を積んだ。
 しかし年月とは恐ろしいもので、こんな僕にも茶名申請の機会がやってきた。
 恐る恐る夫婦で出してみたら、なんと頂けるというではないか!

 ちなみに『茶名』と云うのは茶道を行うのに特に熱心な者に、御家元の『宗』の一字を賜るの事だ。
 たとえば『田中洋子』さんなら、『田中宗洋』という具合。
 そうなると、僕は『寿官』だから当然『宗寿』となるわけだ。
 ところが、ここで問題が起きた。
 女房の名前が『寿美子』なのだ。
 つまりどちらが『宗寿』になれるのかが大問題となったのだ。
 
 結果、『宗寿』は女房の手に落ちた…。
 僕は『宗官』。
 『沈 宗官』…、謎の中国人貿易商の様だが、何故か治まりは良い。
 明日は御家元、今日庵は事始め。
 来るべき新年の用意を始める日だ。
 この日に合わせて全国からご挨拶が訪れるのだ。
 僕は来年5月の『茶名披露』に向けてお濃茶の猛特訓が始まるのだ!……ろう…。?

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囲炉裏

15代日記 | 2008年12月10日

 友達が忘年会をするから来いって。
 行ったら家の片隅に自作の囲炉裏を作っていた。
 別の友達が鹿肉を持ってきて三時半から煮込んでくれていた。
 他の友達は自分の飼っているシャモの鳥肉を自作の竹串に刺して囲炉裏で焼いてくれた。
 友達の囲炉裏は排気が悪く、皆、煙で泣きながら笑いながら飲んだ。
 酔っ払うにつれて、何人かは『お前は昔と変わるな、俺たちは応援団だ』だと繰り返しながら寝てしまった。
 それ以外の奴らと後片付けをしながら泣けてきた。
 『煙が目にしみる』は確かプラターズのトニーウィリアムズだったかな…。
 有り難かった。

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トイレ完成

15代日記 | 2008年12月10日

 最近、ブログのアップが無い、さぼり癖がついたか!とのご意見が多数寄せられている。
 実態は書きかけの状態で置いて、バタバタしていると、直ぐに昔話になってしまうのだ。
 だからタイミングを失ったブログは捨てざるを得ない。実際、結構捨てた。
 このコメントもアップする自信が無いが、とりあえず、短く。
 近況、トイレ完成。
 門を改修したら隣のお客様用トイレが、ひどく見えてきた(いや、実際ひどかった)
 結局、これは新築で作ることになった。
 不景気で厳しいのにと思ったが、こうゆう事は『思い立ったが吉日』でお金の事は後回しだ。
 作ってしまえば後は借金返すしかないんだから。
 
 今は新しくなった正門とお客様用トイレの辺りをうろつくのが、僕の密かな楽しみである。
 
 ただ、こうなると正門から店までの道も気になり始めるし、脇にある紅葉の枝振りも嫌になってきた。二百年を超える貫禄の表座敷の修復、店の拡張、粘土工場のパワーアップ、等々、欲望は沸き上がってくる。

 徐々に徐々に。

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