巨鯛

15代日記 | 2008年11月23日

105-1
 昨日は昼から講演だった。
 中学時代の同級生が出水商業という高校の教師をしていて、北薩摩地区のPTAの研修会の幹事校だとの事で、同級生の僕が講演を頼まれた。
 
 天気は快晴。
 米ノ津川が素晴らしく青く輝いていた。
 こんな爽やかに澄み切った青い川を、今まで見たことがあっただろうか。
 鹿児島の宝を又一つ見つけた。
 
 講演を済ませ、ツルを見に行った。
 出水は鶴の越冬で有名なのだ。
 昨日現在、その鶴も九千羽を超え、騒がしかった。
 
 昼飯を食べに立ち寄った店の入り口に巨大な鯛のモニュメント。
 貝を鱗の様に全身に貼りつけてあり、腰のうねりといい、黒目がちの目といい、実に良く出来ている。
 でかくて素晴らしい。
 これを巨鯛(体)という…?。
 僕はこんなのが大好きだ。
 
 初めての街に行き、食事をしたり酒を飲もうと云うときは必ず看板を見る。
 そこに店主の感性と意気込みが込められているからだ。

 巨鯛の店は実に美味しかったが、巨鯛に見とれてしまって、店名を見忘れてしまったのが残念だ。

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株?

15代日記 | 2008年11月18日

 今まで、ニュースで経済欄に特に詳しく目を通すことなどあまり無かった。
 しかし、昨今の社会状況の中で、不安を感じない人は稀であろう。
 ご多分に漏れず、私も不安を感じまくってる一人であり、今は真っ先に経済欄を見る。
 
 しかし解らない事がある。
 僕は株も投資信託もやらない。
 やらないから経済は全く解らないかと言うと、決して、そうではない。
 サブプライムの事もCDSも一応理解している。
 しかし、この前本当に解らないシーンに出くわした。
 
 アメリカ合衆国大統領にオバマ氏が当選するかも知れない、と云う情報を市場は好感して株はグンと上がった。
 ところが予想通りオバマ氏が当選した日に、今度は何故かグンと下げた。
 こりゃ、一体全体どうゆう事?
 何の政策も人事も発表していない…、それどころか、あの歴史的名演説の直後だ。
 あの演説の中に何かしら致命的な欠点を市場は見い出したのだろうか…?。
 そうではない。単に上がったから売り逃げたし、逃げる奴が多いんじゃないかと思い、又逃げる奴が増えたのだ。
 
 何だか僕は海の中の小魚の大群が大きな塊を作り、わずかな刺激や不安で、右へ左へと、その群れの形を変えながら大騒ぎしながら泳いでいる様を思い出した。

 臆病者の大群。もしかして、これが僕達の暮らしを支配する、資本主義経済と云うものなのだろうか…?
 だんだんアホらしくなってきた。

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トンビ

15代日記 | 2008年11月15日

103-1
 八木君の会社の車で『東尋坊』迄走ってもらった。
 自殺の名所などと聞いていたから、目の眩むような断崖と荒れ狂う鉛色の海、コートの襟を立て一人たたずむ女……をイメージしていたが、いやはや立派な観光スポットである。
 青い海に遊覧船が走り、断崖の下、つまりは飛び込み着水する予定地辺りは船着き場になっている。
 売店が軒を連ね地元特産品が売られている。
 さらに旅行と云うと、バスの中でひたすら缶ビールを飲み、真っ昼間から酔う事でしか旅の実感を味わえない、と信じて疑わない輩が、真っ赤な顔をして同行の女性社員達に声高に何か話している。
 平和な光景だ。
 その昔、越前の平泉寺に東尋坊と言う名の狼藉僧が居て、こいつが余りに暴れ者なので、皆でこの海に放り込んだらしい。
 更に海中でも大暴れしたらしく、海は大層荒れたそうだ。

 そんな話を聞きながら、帰りがけに、ソフトクリームを買い、三人で車に向かって歩いてた…その時だ!
 大きな影が僕の隣を歩いていた運転手さんのソフトクリームに音もなく後ろから突如襲い掛かった。
 トンビだ!
 ソフトクリームはコーンごと弾き飛ばされ、アイスは路面に飛び散った。
 更にその落ちたアイス目がけて、次々とトンビが急降下してくる。
 見上げると数羽のトンビが低空で旋回している。
 そのデカさと固そうな胴回りに怯えた僕は、思わず自分のアイスを投げ捨てた。
 秘書の西本さんは、「怖い…」と後退りしながらも、何故かソフトクリームを食べ続けていた。
 恐怖の余り思考停止になったのか…?あるいは、この辺りが越前女の肝っ玉なのか…。
 今後、東尋坊を訪れる若い衆はナスを持って、すっくと立っていると、何か良いことがあるかもしれないて思った。
 
 東尋坊の闘争本能は海を出て、大空を舞うトンビに乗り移ったらしい。
 トンビと言えば昔、車で鹿児島の高速を走っていたら、いきなりフロントグラスにトンビが激突してきた事がある。
 その大きさはフロントグラスの半分以上だ。何か中央分離帯に居たのだろう。二度もトンビに以上接近されるとは。

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ソースカツ丼

15代日記 | 2008年11月14日

 福井では八木君の会社の車で終日観光をさせてもらった。
 黒塗りの社長専用車シーマに運転手付きだ。
 さらにそれだけでは足りないと思ったのか、彼の美人秘書、西本さんも同行してくれた。
 黒塗りの高級車、スーツ姿の白髪の運転手、すらりとして、有能な美人秘書、僕には似合わない図であるが…ふふふ。

 さて、朝倉一乗谷は四百数十年前に織田信長に焼き尽くされた越前の主、朝倉一門の中心地であった。(因みに後世、佐々木小次郎が秘剣『つばめ返し』を編み出したのは、この奥の一乗滝であるらしい。)
 焼き討ち後、水田になっていたのを国が全て買い上げ、泥土を除き、遺構を発掘していた。
 信長が焼き討ちした後、この地を治めた柴田勝家は福井に住んだため、四百数十年前の遺物が後世の混入無く残っている訳で、他の遺物との比較時代考証をする上で、極めて貴重な指針になるのだろう。
 
 来年は植樹祭で天皇陛下がいらっしゃるらしく、急ピッチでお迎えの準備がなされていた。
 ガイドのおばちゃんは自分が天皇家に生まれなくて良かったとしみじみ言っていた。
 僕も、このおばちゃんが天皇家に生まれなくて良かったと心底から思った…。
 おばちゃんはマタギの娘で、しかも僕らの運転手さんが、偶然このマタギの弟子であった為に、解説の合間に、夜間、遺構に侵入したらしいイノシンの経路や頭数、過去に仕留めた大物自慢に話が直ぐにズレる。
 イノシンが鼻を土に突っ込んでミミズを探すのだと言う。
 別に発掘に協力している訳では無い。
 
 故郷を愛するおばちゃんの熱弁で、予定を大きく過ぎてお昼だ。
 
 昼食は福井名物『ソースカツ丼』である。
 何ともビミョーだ。
 何故ならば、そのまんまの味なのだから…。
 丼ご飯の上に薄いメンチカツ三枚、それにゆるいソースがかかっている。
 所謂、天丼のタレの感じだ。
 まずはカツ二枚をひっくり返した丼の蓋に移し、残りを更に備え付きのソースにつけ食べる。
 ご飯にも勿論ソースがかかっている。
 
 女性達も当然と言わんばかりに、この衣に秘密があるとか、うちの子は、カツ抜きでも食べるとか(それはソース丼だ)…と、愉しげに食べている。
 これが福井の『カツ丼』だ。
 あの玉子とタマネギをダシに溶き、それでカツを包むといった類いの丼は無い。
 なんと目玉焼きもソースで食べるらしい…余程のソース好きだ。
 そういえば、僕より一回り上の団塊世代と呼ばれる方々はチャンポンにもカレーにもソースをかけていた…。
 あの人達なら福井の『ソースカツ丼』にご満悦かも知れない。
 超A級グルメの『越前蟹』と超B級グルメの『ソースカツ丼』…、面白い土地だ。

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永平寺

15代日記 | 2008年11月12日

101-1
 昨日は午前中、京都・北区の有名な『竜村』(西陣織の織元)を訪ねた。
 前夜の宝ヶ池国際会議場での京都賞受賞式で知り合いになったのだ。
 楽しい一夜だったが、訪ねてみて、更に楽しかった。
 西陣織りは七十六名の技術者がバトンを受け渡しながら完成させると云う。
 原糸から構図に至まで、綿密に仕上げていくのだが、いずれの工程も長い歴史の中で築き上げられたノウハウの塊だ。
 加えて、その意味付けが実に深い。
 説明を聞きながら、やはり、仕事の本質はまず熟慮だなぁ…と感じた。
 その深遠なるウィル(意志)を現す為に熟達のスキル(技術)がある。
 双方の高いレベルでの均衡が上質の証だ。
 
 午後は福井迄、足を伸ばして永平寺に来た。
 京都駅0番ホームは北陸本線。
 京都と北陸の深い歴史的繋がりを示している。

 
 曹洞宗大本山、永平寺。
 これは素晴らしいの一語に尽きる。
 案内してくれたのは高校の同期生、八木君だ。
 彼の父君は永平寺の奉賛会の会長らしい。
 
 京都の瀟洒な寺と祇園で遊ぶ腑抜け坊主を見慣れている僕には、初めて見る骨太の本格派だった。
 華美な装飾は無いが、磨き上げられた床や柱には、篤い信仰を感じる。
 痩せた修行僧達の静かで足早なお務めの動きが緊張感を増す。
 
 ヌッタリと脂を全身に浮かせ、ド派手な僧衣に身を包んだ『僧』と言う名の化け物など一人も居ない。
 
 久しぶりに心洗われる、日本人としての自信を取り戻してくれる場所だった。
 
 案内してくれた若い修行僧…。
 彼が将来、派な僧侶に成ることを祈りたい。

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個展最終日

15代日記 | 2008年11月11日

 一昨日はギャラリートークだった。
 四百年の薩摩焼の歴史と技法の変遷、僕らの目指す物作りの道等を語った。
 会場には、溢れんばかりの人々に来て頂いた。
 二十数年ぶり、大学時代の懐かしき同期生、池端君の姿もあった。
 工業試験場時代の仲間や松本からは映画『白磁の人』の完成を目指すやんちゃ坊の李さん、大阪からも米田さん等々…有難い限りだ。
 皆、僕の事を外に出している家族の一員の様に思ってくれている様で、温かい愛情に包まれて本当に癒される。
 感謝、感謝であった。
 
 仕事と云うものは、己が満足する物を作れば良い、と言う程簡単な事ではない。
 第一に誰を満足させるのか?が大切だ。
 他者から自分が何を求められているのかを知り、それを上回る結果を出せた時、初めてサプライズがあり、満足がある。
 満足するのは、提供する側ではないのだ。
 僕の周りにも、「いい仕事をすれば、客は付いてくるんですよ」とほざくアホが未だに居る。
 だったら世の中、工場と店だけあれば良い。
 大体、『客』などと呼び捨てにする辺りに、馬鹿の片鱗が垣間見える。
 手を合わせない奴はやっぱり駄目だ。
 
 お客様の心のニーズを知る為に自らの感覚もフラットに保っておく必要がある。
 解りやすく言うと、ミーハーな自分を大切にすると云う事だ。
 その上で、ウィルとスキルを高め、仕事に上質な客観性を持たせねばならない。
 そして、その物が、良い場所で良い姿勢の人により、良い人の手に渡る事迄を含めて、『良い仕事』と呼ぶのだ。(勿論、回収を含めて)

 かほどに長い物語の中に、マニュアルとか大企業病、縄張り意識、保身と言った『事故米』の様な精神が混じり込むと、たちまち仕事は輝きと勢いを失う。
 実に恐ろしい。
 『良い仕事』と云う長い物語を、これから何度味わえる事だろうか…。

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個展二日目

15代日記 | 2008年11月7日

99-1
 今日は曇り時々雨。
 午前中、少し時間を貰い、小松市の市立博物館に行って来た。
 京都の工業試験場時代の同期生で、現在小松で美山陶窯を主宰する美山直樹君の案内だ。
 お目当ては粟生屋(あおや)源右衛門展。
 江戸末期の九谷焼の名工である。
 昔の仕事の丹念さに、久々に感動した。オバマ以来だ。(あ、あれは昨日だった…)
 
 
 ところで、金沢の県立博物館には、かの有名な重要文化財、野々村仁清のキジが一対ある。
 派手なものと地味なもの。
 一般的に鳥類は派手は♂(オス)、地味は♀(メス)とされる。
 故に、このペアは一見して夫婦か…?と思われた。
 が、、しかし……。
 重大な事実に気が付いた。
 このキジには、どちらも耳がある。
 確か耳は♂の特徴では無かったか…? とすると、雷鳥の様に♂の夏と冬の姿だろうか?
 はたまた、♂なのに♀になったのか…。
 疑問である。
 こうゆうカップルは鹿児島にも居る。
 そこで、我々も作ってみよう、と言う訳で製作したのが、アップロードの映像だ。
 
 怖いので一羽のみの製作に止めた。
 少し淋しげである。

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会場の写真

15代日記 | 2008年11月6日

98-1
会場写真忘れてた。

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個展始まる!

15代日記 | 2008年11月6日

97-1
 昨日に続き快晴の金沢である。
 会場は朝から沢山の来場者で賑わっている。
 やはり鶴瓶さんの番組は効いているようで『見ましたよ!』と声が掛かる。
 見たのは日経新聞の記事なのか、家庭画報の特集なのか、NHKの鶴瓶師匠なのか分からないので…、取り敢えず『鶴瓶さんの…?』と伺うと、『そう、そう、』と笑顔。
 
 今更ながら彼の存在の大きさを知る。

 存在感と云えば我が父、十四代も素晴らしい。
 息子の僕から見ても心からそう思う。
 なんと云うか…、人間が感激する存在と言うのは単なる才能を超えたものがあると思っている。
 言魂とか、オーラと云うのは潜ってきた試練と内面的葛藤に比例する。更に、心を挫けさせなかった者のみが持ち得る物だ。
 それを持たぬ者(例えば僕を含め)がいくらひがもうと、陰口を叩こうと、あらぬ噂を流そうと絶対に適わない。
 
 昨日アメリカで新しい大統領が誕生した。
 あの当選スピーチを聞いて心が震えた。
 中には所詮、台本があるんだよ…的に揶揄する人もいるだろう。
 哀れな人だ。
 
 アメリカの時代は終わったと言われるが、あんなスケールの男を、土壇場で生み出すあの国の深さにしみじみ感じ入り、やはりアメリカはまだまだ終わらないなぁと頼もしく思った。

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明日から個展始まる

15代日記 | 2008年11月5日

 香林坊大和で個展が始まりました。
 広い特設の会場です。
 やれる事はやったので悔いは無いのだけど…、このご時世、やはり心配です。

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