彼岸

15代日記 | 2008年9月25日

 昨日はお彼岸の中日だった。
 そして、毎年この日に合わせたように彼岸花が見頃を迎える。
 
 我が家の『ハルバン』の周りにも咲いてくれた。
 『ハルバン』とは、韓国済州島の道祖神で、済州島ハンラ山の溶岩石で作られた神様である。
 韓国では『済州爺さん』とも呼ばれ親しまれている。
 薩摩の『田の神』同様、男性のペニスの形をしているが、これ又、生産の象徴だろう。
 
 爺さんは三人いて、それぞれの妻は揃って東の海を越えてやってきたと言い伝えられている。
 済州島の東の海の向こうは…九州だが…、対馬か長崎の女が三人の神様全てをゲットした事になる。
 中々やるもんだ…(笑)。 
 勿論、最初から爺さんだった訳ではないだろうが…。
 
 親父が買ってきて、門を入った突き当たり真ん中に据えた。
 この色黒の爺さんが、妙に彼岸花が似合うのだ。
 この時期になると、ニンマリと笑って見える。
 
 彼岸花に最初は葉は無い。
 球根に力を蓄めているらしく、すっと立った茎は、逞しいバレリーナや舞台役者の足の様だ。
 花火の様な形の花で、シベの長い花びらが付いている。
 スイカと同じく、黄色のものも珠に目にするが、やはり田んぼの緑の土手には赤色が鮮やかだ。
 そして此れ程、暦に忠実にいてくれる物はない。
 地球のサイクルがおかしくなっていると言われる中、頼りになる選手に、キチンと仕切り直しをしてもらったようで有難い。

 別名『まんじゅしゃげ』とも呼ばれる。
 
 『彼岸』とは煩悩を捨てて悟りを開く世界だ。
 同時に『涅槃』とも言うが、この世の煩わしさや苦しみからも解放される世界であるとの事。
 つまり、煩悩を棄てれば、煩わしさが無くなると云うわけだ。
 
 なかなか……。
 分かってはいるのだが…。

ページの先頭へ

右フック

15代日記 | 2008年9月20日

 台風十三号は鹿児島の南端をかすめて太平洋へと去って行った。
 右フックが九州の顎をかすめた感じだった。
 雨は降ったが、風はさほどではなかった。
 ラッキー。
 そして台風の後は御約束の抜けるような爽快青空。
 『台風一過』
 
 幼い頃は『台風一家』だと思っていた。
 お父さん台風とお母さん台風、子供達がワイワイ言いながら一緒にいる感じだ。
 
 揃って来られたら大変だが…。

ページの先頭へ

『ゴルゴ?』

15代日記 | 2008年9月14日

 台風がついにやってくる。
 
 『満を持して…』と言うより、かなり遅い登場であり、今年初めての上陸になりそう…?だ。
  
 遅い台風はデカイ!とは言われるし、過去にはルース台風なんぞと云う化け物も居た。
 
 今年も太平洋高気圧が元気で、これまで十二人の兄弟達の挑戦を退けてきた。
 今度の十三番目の挑戦者は、弱った太平洋高気圧の隙を突いた形ながら、かなりの腕力の持ち主。
 『ゴルゴ某』か…?
 
 台風は陸にぶつかると若干弱まる。
 障害物に乗り上げたような感じなのだろう…。
 いずれにせよ、暖かいマリアナ沖の海上ですくすくと育った台風は、元気一杯の高速回転で、先ずは沖縄に激突する。
 八重山群島、沖縄諸島は台風の最初のアタックを受け止める、日本の沖堤防であり消波ブロックだ。
 ここで猛威を奮い、一瞬体力を消耗した台風は、奄美群島、トカラ列島という飛び石に引っ掛かりながらも、再び加速北進し、九州に襲い掛かるのだ。
 島々はまるで、猛突進してくるアメフトの超重量フォワードに、一人、又一人と立ちはだかる小粒な日本人軽量フォワードの様だ。
 
 待つ身の私達から見ると、飲酒運転の大型ダンプカーが、我が家に向かって蛇行運転しながら突っ込んで来るみたいだ。
 
 テレビ局は御約束の洗礼儀式の様に、新人アナを海岸に出向かせ、大騒ぎをさせるのだろう。
 とりわけ、キー局がある東京に向かいそうだと分かった時のヒステリックな騒ぎっぷりには、根底にある『東京中心主義』と『ひ弱さ』が垣間見えて、毎回苦笑してしまう。
 
 では台風が上陸すると根こそぎにやられるか…?と言うと必ずしもそうではない。
 コースと侵入角度が問題。
 『風』には通り道があり、驚く程の被害を受ける場所があるかと思うと、すぐ近くで全く被害を受けない場所もある。
 従って、サイズや風力の問題だけではなく、コース、角度、タイミング次第で被害状況は一変するのだ。
 操作する事なぞは出来ないから、受け止めるしかないのだが…。

 『台風一過』
 
 十三番目の兄弟が荒々しく吹き荒れた後、あの騒がしかった蝉達も何処かへ去って行くのだろう。
 あいつらの声で梅雨明けし、その終焉で本格的な秋を迎える。
 
 いよいよ『秋』が来る。

ページの先頭へ

『イト』

15代日記 | 2008年9月9日

83-1
 運転と云えば、熊本の阿蘇をドライブした事がある。
 鹿児島とはどうも違う景色だ。
 何というか視界が遠い…、そう、見晴らしが良い。
 これは道が緩やかな尾根を走っているからだ。
 
 鹿児島でこんなポジションから景色を見ようとしたら出水か指宿方面に限られるのではないか?。
 
 鹿児島は全体的に視界が近い気がするのだ。
 大概、道のどちらかに崖か山がある。
 故に鹿児島のダイナミックな良景は霧島を除くと海沿いに限られてしまう。

 何故だろう?

 太古の時代に『イト』と云う名の火山が大爆発を起こしたと聞いた。
 火口は錦江湾、現在の桜島の脇の海底の辺りにあり、鹿児島の薩摩・大隅両半島そのものが外輪山だと云う、超ド級の巨大クレーター『姶良カルデラ』のご本尊である。
 この気立ての優しい、利発そうな名前の女『イト』が起こした空前絶後の大噴火は、膨大な量の火砕流を噴出し、鹿児島の殆んどを覆い尽くし、現在のシラス台地を形成したと云う。
 
 恐ろしい女だ。
 だから名前や見た目に騙されてはいけない。

 やがて、この台地を雨水が穿(うが)ち、小さな川を作り、それはやがて谷となった。
 鹿児島の人々はそこに暮らし、道はこの谷あいの川に沿って造られたのだ。
 故に、景色が近い、即ち見晴らしがあまり宜しくない…、と云うのが僕の考えである。
 
 さて、もしかしたら、太古『アソ』と『イト』二人は愛し合っていたのかもしれない。
 しかし何故か二人は別れなければならなくなった。
 『アソ』に対して『イト』は泣き、怒り狂い、悶えた。
 錦江湾はその時の『イト』の悲しみの涙であり、膨大な火砕流は『イト』の「想いのたけ」だったのかもしれない…。
 
 僕達、薩摩は『イト』の子だ。
 そして、今はただただ、彼女の安眠を祈ってやまない。
 『イト』を目覚めさせるのは唯一『アソ』だろうから…。

ページの先頭へ

つばめ

15代日記 | 2008年9月9日

 福岡へ向かう。
 以前は車を運転して行っていた。
 二十幾つものトンネルを抜けて行くルートは、閉所恐怖症の僕には辛かった。
 だんだん運転のスピードが落ちてきて、後ろに大型車でも付かれようものなら、もうパニック状態だ。
 「前の車のテールランプを見つめて走れ」と言われたが、やはり無理だった。
 だから九州新幹線『つばめ』が開通した事は朗報だ。
 しかも面白い事には、末端の鹿児島から延び始めた事だ。
 普通は付け根から延びるのではないだろうか…?
 不思議な現象だがこれも綱引きの結果なのだろう。 喜んだ鹿児島は従来の『西鹿児島駅』を『鹿児島中央駅』とした。
 辺境に暮らす者にとって『中央』と云う響きは格別だ。
 
 いずれにせよ博多まで二時間半もあれば到着する事は、やはり喜ばしい。
 
 ただ、不満もある。
 現在の新八代迄の三十五分は殆んどトンネルなのだ。
 たまに地表に出ても遮音壁が景色を分ける。
 JRの宣伝コピーは『つばめ 翔ぶ』なのだが、実体は『つばめ 潜る』だ。
 従って『旅情』と云うものは残念ながら全く無い。
 『旅情』どころか、あまりに近くなりすぎて『ウォーミングアップ』も『クールダウン』も出来なくなった。
 
 便利になればなったで、不平不満は尽きないものだ(笑)。

ページの先頭へ

やれやれ…。

15代日記 | 2008年9月4日

 僕たちの総理大臣が仕事を突然辞めてしまった。
 元々やりたくてやった方ではなかった(そう見えた…)。
 頼んだ方々の真意は不明だが、頼まれたから受けた様だ。
 そして辞めた理由は前の人と同じ…。
 『手詰まり』
 
 そんなものなのだろうか……。
 
 総理や大臣を父や祖父に持つ政治家が議員を家業として『継ぐ』。
 だがこれは焼物屋や蕎麦屋が跡を継ぐのとは大違いだ。
  
 幼い頃から『国民とは…』などと云う高見の目線で世を捉え、後援会と云う利権のシンジケートに支えられてきた人には、回転寿司の割引券の期限を気にする人を喜ばす発想は無い。
 
 そして再び、同じシナリオが動き出した。
 前回も敗れて、整理番号一番を持つあの方は、自称秋葉系の庶民感覚の持ち主であると演じてみせる。
 これも錯覚の誘発であり茶番だ。
 政治と云うシステムに暮らす面々は、ややもすると、人に命令する事を好み、言葉を弄び、約束を守らず、良心の呵責を感じない。
 投票は大切だが、拡声器を使っての彼等一家の安泰を臆面も無く要請する『選挙』と云う名の『就職活動』にシラケルのは僕だけだろうか…?。
 関心が低いのではないのだ。  
  
 何かが決まるのだろう…、しかし又も僕たちの想像も出来ない力学で決まっていくのは確かだ。
 
 これは今に始まった事ではない。
 
 決められ、命じられ、励まされて、黙々と征くだけなのだろう。

ページの先頭へ

誕生日

15代日記 | 2008年9月3日

 やっと九月だ。
 我が家の二人の息子達も登校した。
 昼間からパンツ一丁で居間でウダウダしている姿を見なくて済む。
 『宿題すんだのか?』と聞くと『あぁ、大体終わったよ』、と平気で嘘をつかれるのも嫌なものだ。
 
 昨夜は夏休みフィナーレと三日遅れの私の生誕四十九周年を記念して家族で食事に行った。
 回転寿司の割引券の期限が来てるからと、回転寿司屋に行ったが超満席。
 期限ギリギリの割引券消化に来ている家族で一杯だった。
 似たようなものだ(笑)。

ページの先頭へ