東京

15代日記 | 2008年7月21日

 今月の15日から二週間、日本橋三越六階で品物を並べさせて頂いていて、それで上京した。(土日だけ)
 
 大都会『東京』 何度来ても圧倒的なコンクリートの巨大集積地だ。 都心に至ってはナチュラルな物は皆無と言って良い…。
 一体、この町にあるコンクリートの総量を考えると、山幾つ分だろう…?
 それほどの量をコツコツと積み上げて来た、人々のエネルギーを何と形容しよう…。
 
 何故、そんな視点で見たのか…と云うと、実は先日、福岡で開催された「日本コンクリート学会」で、何故か講演する機会があり、その講演の準備の中で素人ながら少しコンクリートについて学んでみたのだ。
 石灰石を焼く事でセメントが出来る。(だから焼き物と同じ『窯業』なのだと知った)
 人体に例えると、セメントは『脂肪』の様な物で、素地を緊密にする。砂利は『骨』だ。全体を支える。そして砂が『筋肉』として骨と脂肪をきっちり繋ぐのである。
 
 そして、どんな仕事もそうだが、例え『レシピ』は同じでも、心を込めてやった仕事とそうでないものは違う。
 その違いがコンクリート構造物の場合、時として人生や生命に関わってくる。
 …バランスを欠いたシャブコン、不完全な洗浄の海砂、手抜き工事…等。
 これらの不心得な仕事はコンクリート巨大集積地にこっそり紛れ込み、何食わぬ顔で平然と立っているのだ。
 そして何かが起きた時、使い手が初めて知る仕事の優劣。
 
 
 美濃の斎藤道三が若き織田信長に娘を嫁がせる時、信長から贈られた漆の調度品を深くえぐったと聞く。
 一体何層の漆を塗り込んであるのか…、信長の心底を計ったのだ。
 その幾重にも塗られた漆職人の仕事の誠実さに感じ入った『美濃の蝮』は、娘を信長に嫁がす事を許したと云う。

 僕らの世界にも『盛り金』と云う技法がある。
 純金を幾重にも塗り、厚みをつける技法であるが、高価な純金を惜しむ者は、盛り絵具と云うものを一旦塗り、焼き付けた後、金で表面を覆う。
 そして何食わぬ顔で言うのだ。「薩摩の『盛り金』でございます」 
 しかし、時の経過は必ず、その実体を顕らかにする。
 かように、見た目だけの仕事と云うものは、身近に転がっている。
 だからこそ、何であれ、純な仕事や純な人に出会えた時、芯からホッとするんだろう。
 東京にも純な人や仕事は確かにある。
 いや、もしかすると田舎者より、日々の戦いの中で、己を堅持している都会の人の方が、遥かに純なのかも知れない。
 久しぶりに上京した薩摩原人の僕に、わざわざ時間を割いて会いに来て下さった方々。
 固いコンクリートと優しい微笑みの織り成すコントラストが、思い出されてならない。
 夜明け前の今頃になって有り難く染みている。
 
 やっぱり味は冷えるとき染みるものだなぁ…などとボンヤリ思った。

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