皆生温泉

15代日記 | 2008年5月25日

 宿の都合で、週末は皆生(かいけ)温泉で過ごした。「かいき」ではない、何故か「かいけ」である…。この辺りがどうも難しい。例えば三朝と書いて「みささ」と読んだりする。少しずつポイントを外されているみたいで、ちと悔しい。
 しかし地名は大事だ。
 以前、韓国の映像作家が酒を飲みながらポツリと呟いた。「『淡路』って水の中に炎の道って意味ですよね…。昔の人はこの島の下を活断層が走っている事を知っていたのでしょうか?」。そう云えば鹿児島で水害が起きる場所は決まっている。出水、垂水、竜ケ水、川内、近くは水俣…。全部『水』だ。
 地名は古から現代へのメッセージなのだろう。だとしたら、『北九州市』とか、『南アルプス市』とか『さいたま市』『南九州市』とかって実にアホなネーミングだなぁ…と思う。最近はセントレア空港なんて馬鹿げた名前の空港もあるくらいだ(笑)。
 
 部屋の窓を開けると弓なりの湾が望める。このカーブは明らかに古代火山の外輪山であろう。温泉が出ると云うことは、未だに火山活動が行われている証拠だ。
 打ち寄せる波は疲れを癒してくれた。その鳴り止まぬ潮騒は、静かな癒しのリズムを奏で、まるで幼い頃眠りつくまで身体をさすってくれた祖母のようだ。
 今は巨大なテトラポットが、積み上げられてある。酷い風景だ。 
 きっと遥か以前は見渡す限りの遠浅の海だったのだろう。そして赤ん坊の頬っぺたの様な健康なハマグリがコロコロ転がっていたに違いない…。その砂を使いきると今度は護ってやると言わんばかりにテトラを積み上げる。
 大切な故郷を切り売りし、田舎で『実力者』と呼ばれる事は田舎の甲斐性とは呼ばない。
 岸辺には胸像がある。有本松太郎翁とある。大正時代、皆生温泉を整備完成させた功労者だそうだ。『開発』と『保護』の間に凛とした『文化』があった時代だ。
 田舎で生きる甲斐性をもつ方だったのだろう。

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