投入堂

15代日記 | 2008年5月21日

42-1
 やっと着いた。優しく清々しい風が実に心地よい。『極楽の余り風』とはこのことか。ここが国宝投入堂(奥の院)である。
 解説によると、『全面は断崖に向けての舞台造りで、近づく道すらない垂直な崖に、浮かぶとも立つとも表現しがたい優美な姿…』とある。
 確かにこんな場所に…と思う。
 誰も来ない、たった一人でこんなとこに座っているとしみじみそう思う。
 聞こえてくるのは、山にこだまする鳥の鳴き声と滴り落ちてくる水滴の音、そして遥かに山の下を流れる川のせせらぎの音だけだ。
 ぼんやり見ていると、投入堂の前の水平の岩屋根に下に、立派なスズメ蜂の巣がぶら下がっているのを発見した。
 投入堂を守っているつもりなのか…。蜂がとんでもない場所に巣を作っても余り驚きはしないが、投入堂に感心するのは、それが人間の技だからだろう。しかし、役行者(えんのぎょうじゃ)は単に人々を驚かせ、不思議がらせるためにに此処とこの形を選んだのだろうか。
 この山を登りながら感じた事がある。
 1300年の間、無数の人々によって踏みしめられた道、捕まれて光沢をもつ樹の根、足を掛け、指で掴まれた岩の窪み。
 まさに、これが『道』なのだろう。役行者はもしかして、其の事を教えようとしたのかもしれない…。そう、感じたときふいにお堂の扉がドンッと鳴り、強い風が吹いてきた。
 あぁ、鹿児島の田舎の神様と同じだ。そうだ、そうだと言う時は、必ず風を吹かすのだ。

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