梅一輪、一輪程の温かさ

15代日記 | 2009年2月6日

121-1
 『梅一輪、一輪程の温かさ』
 庭の梅を植え替えた。
 以前、池の傍に白梅の臥竜の古木があった。
 有名な木だったが、皮一枚で生きているような状態だった。
 ある日樹木医と称する男達がやって来て、花の後の枝の剪定をするという。
 勿論信用した…。
 しかし結果、梅は枯れてしまったのだ。
 今はその理由が分かる。
 花の時期はまだ根が活動していない、つまり自らのボディに残る体力を振り絞り、花を咲かせてる。
 花を咲かせた後、花の後を三つ程残して、枝を短く切るのだ。
 これは目覚めた根に過剰な負担をかけないためと、実を減らす事で、梅の本体に花用のエネルギーを残すためだ。
 
 ところが、この樹木医達は花の付いた枝を全て切り落としてしまった為、新しい芽が吹かず、光合成が行われないため、根が水揚げをしなくなったのだ。
 木がもっと若く、体内に力を持っていたら、それでも芽吹きもあり、根も水を揚げるのだ。
 結果、僕は又一つ、先祖伝来の宝を失ってしまった。
 幸い、父がその梅を接ぎ木しておいてくれていた。
 先日、その梅を植え替えた。
 25†のクレーン車で吊り下げピンポイントで庭に降ろした、まさに豪と柔だ。
 
 新しい後継者は素晴らしく元気だ。僕は、その姿を見、更に出来上がっていく庭を見つめながら、生まれ変わったら絶対に庭師になろうと本心から思った。

ページの先頭へ